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じょうみょうじ

浄妙寺のお参りの記録(1回目)
神奈川県鎌倉駅

投稿日:2025年12月24日(水) 14時24分13秒
参拝:2024年8月吉日
神奈川県 鎌倉市 浄明寺に境内を構える、浄妙寺(じょうみょうじ)正式名称は、稲荷山 浄妙広利禅寺(とうかさん じょうみょうこうりぜんじ)山号は 稲荷山、寺号は 浄妙寺 (稲荷山 浄妙広利禅寺) 臨済宗 の寺格は 鎌倉五山の第五位、宗旨 宗派は 臨済宗 建長寺派、ご本尊は 釈迦如来、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第九番札所 聖観世音菩薩、鎌倉十三仏霊場 第二番札所(釈迦如来)
鎌倉五山第五位の由緒ある禅宗の寺で、室町時代は境内に二十三の塔頭を持つ大寺院でした。現在は総門本堂、客殿、庫裡が残って
います。茶室・喜泉庵と枯山水の庭は平成三年に復元されました。
本堂の奥にある鎌足稲足利義兼による文治4年(1188年)の創建と伝えられる。初めは極楽寺という密教(真言宗)の寺院であったが、建長寺開山 蘭渓道隆の弟子、月峯了然(げっぽうりょうねん)が住職となってから禅刹に改め、ついで寺名も足利貞氏の法名をとって浄妙寺と称した。寺名を改称したのは正嘉年間(1257〜1259年頃)とみられる。
文治4年(1188年)極楽寺創建。開山は退耕行勇、開基は足利義兼、建久9年(1198年)足利義兼は秘蔵の弘法大師筆の荒神・不動の二軸を刻ませた。
正治元年(1199年)源頼朝・足利義兼が没し、北条政子は前年作成の荒神・不動を寺門の右の小高いしげみの「本寂堂」に安置したという。
建暦2年(1212年)源実朝は足利義氏に命じて造営を加え、母北条政子の白檀の弥陀の立像と新造の釈迦像を安置したという。
正嘉元年(1257年)~正応元年(1288年)ごろ:蘭渓道隆(建長寺開山)の弟子の月峰了然が住持となって禅宗の寺院となり、「浄妙寺」に改名した。
正平6年(1351年)浄妙寺境内の延福寺に足利直義が幽閉される。翌年2月26日急死。
延文2年(1357年)火災、
延文3年(1358年)鎌倉五山第五位の寺とされる。ただし、この時点では未確定。
至徳3年(1386年)7月10日:足利義満は鎌倉五山第五位の位次を決定した。寺は最盛期を迎え、塔頭23院を有した。後、火災などで衰微する。応永31年(1424年)火災、永享10年(1438年)火災、但し、永享の乱の際に三浦時高が付近に火を放ったことによる推定という。文明18年(1486年)尭恵は『北国紀行』に「浄妙寺に入りて見るに、台あれて春の草にかたぶき、ひはだ朽ちて苔のみどりにひとし」と記している。宝暦6年(1756年)仏殿を再建する
浄妙寺(神奈川県)
鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第九番札所 聖観世音菩薩
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
鎌倉五山 第五位 朱印です。
浄妙寺(神奈川県)
鎌倉十三仏 第二番札所 釈迦如来
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
浄妙寺(神奈川県)
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