いなりじんじゃ
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楽しみ方稲荷神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年05月27日(月) 15時58分55秒
参拝:2024年5月吉日
24.05.26。JR大船駅東口よりバスで5分、「鎌倉女子大前」下車徒歩3分。鎌倉市岩瀬の住宅街に鎮座。
通称《五社稲荷神社》
御祭神 保食神 大己貴神
太田神 食稲魂神
大宮姫神
創建年 建久年間(1190〜99)
社格等 旧村社
例祭日 8月最終日曜日
【由緒】
建久年間、岩瀬を治めていた岩瀬与一太郎が創建した神社と伝えられている。与一太郎は、常陸国の佐竹氏の家臣で、佐竹征伐の折に捕らえられたが、源頼朝に許されて御家人となり、岩瀬に屋敷を構えて治めたという。『吾妻鏡』にも「捕虜の与一太郎を家人に加える」と記されている。
現在の社殿は、再建練札によると、天明2年(1782)、「天明の飢饉」を乗り切るために、栗田源左衛門という者が社殿を再興したものとされている。
Webサイト「鎌倉手帳」より
鎌倉女子大学キャンパスの裏手の住宅街の中に鎮座する小さな神社ですが、歴史を感じられる佇まいです。岩瀬の鎮守様として地域の方々に大事にされていると思われます。残念ながら社務所にはどなたもおられず御朱印は拝受できず。
通称《五社稲荷神社》
御祭神 保食神 大己貴神
太田神 食稲魂神
大宮姫神
創建年 建久年間(1190〜99)
社格等 旧村社
例祭日 8月最終日曜日
【由緒】
建久年間、岩瀬を治めていた岩瀬与一太郎が創建した神社と伝えられている。与一太郎は、常陸国の佐竹氏の家臣で、佐竹征伐の折に捕らえられたが、源頼朝に許されて御家人となり、岩瀬に屋敷を構えて治めたという。『吾妻鏡』にも「捕虜の与一太郎を家人に加える」と記されている。
現在の社殿は、再建練札によると、天明2年(1782)、「天明の飢饉」を乗り切るために、栗田源左衛門という者が社殿を再興したものとされている。
Webサイト「鎌倉手帳」より
鎌倉女子大学キャンパスの裏手の住宅街の中に鎮座する小さな神社ですが、歴史を感じられる佇まいです。岩瀬の鎮守様として地域の方々に大事にされていると思われます。残念ながら社務所にはどなたもおられず御朱印は拝受できず。

鎌倉女子大学前の道路沿いに

社頭

鳥居
昭和34年8月建立。
昭和34年8月建立。

由緒書

手水舎


拝殿

狛犬(阿形)
昭和7年9月奉納。
昭和7年9月奉納。

(吽形)

拝殿正面


木鼻(右)

(左)


本殿

末社 平島弁財天社




大青面金剛童子

神輿庫

庚申塔
鳥居の左側にありました。
鳥居の左側にありました。





すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1332投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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