こうりんじ
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楽しみ方香林寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年11月30日(日) 19時31分55秒
参拝:2025年11月吉日
小田原市板橋にある南谷山香林寺は、早川の海蔵寺、久野の総世寺と共に「曹洞宗小田原三山」と称される寺院の一つです。
ご本尊は行基作の薬師如来様。村内の南谷にあったものを文明16年に本尊にしたといい、山号の「南谷山」はこれに由来していると思われます。
板橋村の古老の記録によれば、当寺の開創は寛正5年(1464)としています。
開山は大樹乗慶(だいじゅじょうけい)禅師です。延宝6年(1678)人見友玄が記した寺記によると、禅師の母は北条氏で鎌倉の人であるとあります。江ノ島弁財天に祈り霊夢を受けて禅師を産んだといい、禅師は7歳で出家し18歳にて大悟します。本堂裏にある石窟に入り文明16年(1484)に当寺を開創したとあります。
中興開基は小田原北条氏2代氏綱の正室「養珠院」と伝わっていますが、これは疑問視されていて、黒田基樹氏の著書によれば、第3代玉縄城主・北条綱成の母「養勝院」のことではないかとされています。養勝院は玉縄北条氏家臣の朝倉氏出身としていて、朝倉氏は香林寺の大檀那だったそうです。
境内は弁天堂をはじめ、結界門、三層仏塔、十二支守護尊、韶陽窟など見所が多かったです。韶陽窟のある本堂裏の竹林が見事で印象に残りました。
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この日はイベント以外は何も考えていなかったので、地図とにらめっこしながら巡りました。前回小田原巡りした際に教えていただいた、曹洞宗小田原三山の一つ香林寺様が居神神社様から近かったので向かいました。
境内を散策していたら、寺の守護神として祀る弁天堂が、崇敬する江ノ島の弁天様の勧請で嬉しくなりました。
小田原城の蓮池弁財天、福泉寺境内の谷津満願弁財天と小田原の地に祀られる江ノ島弁財天はこれで3つ目です。他にもまだあるのかな?
(参考)
新編相模国風土記稿
ご本尊は行基作の薬師如来様。村内の南谷にあったものを文明16年に本尊にしたといい、山号の「南谷山」はこれに由来していると思われます。
板橋村の古老の記録によれば、当寺の開創は寛正5年(1464)としています。
開山は大樹乗慶(だいじゅじょうけい)禅師です。延宝6年(1678)人見友玄が記した寺記によると、禅師の母は北条氏で鎌倉の人であるとあります。江ノ島弁財天に祈り霊夢を受けて禅師を産んだといい、禅師は7歳で出家し18歳にて大悟します。本堂裏にある石窟に入り文明16年(1484)に当寺を開創したとあります。
中興開基は小田原北条氏2代氏綱の正室「養珠院」と伝わっていますが、これは疑問視されていて、黒田基樹氏の著書によれば、第3代玉縄城主・北条綱成の母「養勝院」のことではないかとされています。養勝院は玉縄北条氏家臣の朝倉氏出身としていて、朝倉氏は香林寺の大檀那だったそうです。
境内は弁天堂をはじめ、結界門、三層仏塔、十二支守護尊、韶陽窟など見所が多かったです。韶陽窟のある本堂裏の竹林が見事で印象に残りました。
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この日はイベント以外は何も考えていなかったので、地図とにらめっこしながら巡りました。前回小田原巡りした際に教えていただいた、曹洞宗小田原三山の一つ香林寺様が居神神社様から近かったので向かいました。
境内を散策していたら、寺の守護神として祀る弁天堂が、崇敬する江ノ島の弁天様の勧請で嬉しくなりました。
小田原城の蓮池弁財天、福泉寺境内の谷津満願弁財天と小田原の地に祀られる江ノ島弁財天はこれで3つ目です。他にもまだあるのかな?
(参考)
新編相模国風土記稿
すてき
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ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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