あきばさんりょうがくいん
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楽しみ方秋葉山量覚院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年12月02日(火) 20時12分22秒
参拝:2025年11月吉日
小田原市板橋にある秋葉山量覚院は、京都の聖護院を総本山とする本山修験宗に属し、古くから関東の修験者たちの拠点として重要な役割を担ってきた由緒ある寺院です。
天正18年(1590)小田原北条氏滅亡後、徳川家康公により小田原城主を命ぜられた大久保忠世公は、三河在住の頃より秋葉大権現への信仰帰依に篤い方でした。
家康公は江戸城の裏鬼門守護のため、大久保公にご本尊を小田原にお移しすることを命じ、法印一月坊笠禅自らご本尊を背負い、秋葉山より小田原へ奉還され、以来関東山伏の目付役としての役割を任ぜられました。
秋葉大権現をご本尊とし、また堂内では大聖歓喜天、不動明王、役行者 神変大菩薩など多くの脇侍仏もお祀りしています。
毎年12月6日に行われる『火防祭』は量覚院の代表行事で、火難消除・無病息災を祈り火渡り式の神事が行われます。一般の方も火渡りに参加することができます。
✼••┈┈┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈┈┈••✼
香林寺様のすぐ近くだったので行ってみたのですが、到着してビックリ!『大聖歓喜天』と刻まれた石塔が入口に。
この日の前日に埼玉県寄居町の極楽寺で、お大師様作の聖天様にお参りしたのですが、ここの聖天様もお大師様作とのこと!しかも小田原が弘仁2年、寄居が弘仁10年。
2日連続でお大師様作の聖天様にお参りするという偶然?に鳥肌でした🫨
天正18年(1590)小田原北条氏滅亡後、徳川家康公により小田原城主を命ぜられた大久保忠世公は、三河在住の頃より秋葉大権現への信仰帰依に篤い方でした。
家康公は江戸城の裏鬼門守護のため、大久保公にご本尊を小田原にお移しすることを命じ、法印一月坊笠禅自らご本尊を背負い、秋葉山より小田原へ奉還され、以来関東山伏の目付役としての役割を任ぜられました。
秋葉大権現をご本尊とし、また堂内では大聖歓喜天、不動明王、役行者 神変大菩薩など多くの脇侍仏もお祀りしています。
毎年12月6日に行われる『火防祭』は量覚院の代表行事で、火難消除・無病息災を祈り火渡り式の神事が行われます。一般の方も火渡りに参加することができます。
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香林寺様のすぐ近くだったので行ってみたのですが、到着してビックリ!『大聖歓喜天』と刻まれた石塔が入口に。
この日の前日に埼玉県寄居町の極楽寺で、お大師様作の聖天様にお参りしたのですが、ここの聖天様もお大師様作とのこと!しかも小田原が弘仁2年、寄居が弘仁10年。
2日連続でお大師様作の聖天様にお参りするという偶然?に鳥肌でした🫨


『大聖歓喜天』

『秋葉山縁起』
ここには歓喜天について何も書いてなくて混乱しました笑
ここには歓喜天について何も書いてなくて混乱しました笑






ここの広場で火防祭が行われるみたいです。写真に映っていませんが左奥に保育園があります。


『聖天尊縁起』
9月16日が聖天尊大祭、毎月16日午前11時より聖天尊祈祷会が行われているそうです。
9月16日が聖天尊大祭、毎月16日午前11時より聖天尊祈祷会が行われているそうです。



境内社、祭神不明。


手水舎




正式名は『大徳山量覚院秋葉寺』です。




火防祭のポスターが貼ってありました。



こちらも祭神不明。



すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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