ながおじ|天台宗|補陀落山(ふだらくさん)
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いちどお参りしたことがあるのですが 御朱印の重ね印というのを頂きたくてお参りしました。
そもそも重ね印というのを教えてくれたのは叔父でした。
叔父は四国八十八か所巡りをしていて 重ね印をもらっていたのです。
御朱印帳を見せてもらった時 ずいぶん印がたくさん押してあったので尋ねたら教えてくれました。
ネットで調べたら ほとんど真っ赤になるほど重ね印をいただいている方もいらっしゃいました。
御朱印帳が何冊にもなるとかさばるから これはいいなと思いました。
そんなに何十回もお参りするとは思えませんが とりあえずまずは体験ということです。
少し上級者になった気持ちになりました。
御朱印は500円ですが 重ね印だと300円になります。


憧れの四国八十八霊場巡り日帰り5回目です。
高知県はちょっとしんどくなったので 香川県にシフトチェンジしました。
吉願の88番札所は 最終日にとっておいて 87番札所から巡りました。(せこい)
あいにくの天気だったので 山の上のお寺は 次回にキープすることにしました。
徳島県に入ってから高松自動車道で西に向かいます。
津田寒川ICで高速を降りて 地道を30分ほどだったと思います。
お寺の境内の一角が駐車場になっていましたので 車でのお参りはしやすいです。
山門(仁王門・鐘楼門)をくぐると くすのきが目に入ります。
香川県の保存木だそうで 20mほどに育っています。
境内は広く 土産物屋さんも境内に入っています。
雨天だったのですが 参拝者は多かったです。
山号は補陀洛山 院号は観音院 宗旨は天台宗 寺格は別格本山 ご本尊は聖観世音菩薩 創建年は(伝)天平11年(739年) 開基は(伝)行基です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
ご詠歌:あしびきの山鳥の尾の長尾寺(ながおでら) 秋の夜すがら御名(みな)をとなえよ
でした。
由緒については
寺伝によれば天平11年(739年)行基が当地で楊柳に霊夢を感じその木で聖観音菩薩像を刻み 堂宇に安置したのが始まりとされ その当時は法相宗とされた。
なお 寂本の『四国偏礼霊場記(1689年刊)』には 聖徳太子が創建し 本尊聖観音菩薩像は空海作で同時に阿弥陀如来を造り当寺を再興したとなっている。
空海(弘法大師)が渡唐前 入唐求法の成功を祈願し年頭七夜の護摩の秘法を修し その7日目の夜に護摩符を丘の上より人々に投げ与えたとの伝説があり これは毎年1月7日の「大会陽福奪い」として今に伝わっている。
天長2年(825年)唐より帰朝した空海は大日経を一石に一字写経の万霊供養塔(現存せず)を建立し伽藍を整え真言宗に改宗した。
その後 幾度かの兵火により堂宇は失われたが 慶長年間(1596年 – 1615年)生駒氏によって再興 長尾観音寺と呼ばれる。
天和元年(1681年)には藩主松平頼常が堂塔を寄進 翌々年には讃岐七観音の随一とし 真言宗から天台宗に改宗される。
元禄6年(1693年)には寺領を賜り観音院長尾寺と改称する。
なお 静御前が源義経と別れた後 母の磯禅師と共に当寺を訪れ 得度したとの言い伝えもあり 静御前の位牌や剃髪塚が遺存する。
とありました。

【2024龍神巡礼・槌ノ戸の龍②志度寺の修繕】
「當願暮當之縁起」が残る志度寺に参拝させていただきました🙏✨
志度寺は元々、龍神から玉を取り返して命を失った藤原前房の妻の海女を弔ったお寺であり、長尾寺とともに非常に龍(=古代海人族?)と関係の深いお寺ですね
625年、薗子尼(そのこあま)がご本尊の十一面観音像を刻み、一間四方のお堂を建てたのが始まりですが、長い年月の経過に壊れてしまいました
閻魔王は、生前にお寺を建てたいという願いを持っていた牛飼いの白杖童子を蘇らせ、寺を修復させました
当願が参加し、蛇身になったのはその落慶法会の時であったということです

松の内ということもあってか、ツアーのお遍路さんもやって来て賑わっていました

なんと現在、"令和の大修理"、として大掛かりな修繕工事が行われているではありませんか!
美しく整えられた新しい志度寺で、令和の落慶法会が行われたら、ぜひに参加せねば😆✨✨✨

【長い尾の龍に愛された舞姫②龍】
長尾寺といえば静御前が剃髪して得度したことで有名です
豊玉姫命を調べていると、静御前が出てくるので何故だろうと不思議でしたが、静御前は雨乞いのエキスパートであり、龍神様に愛された白拍子であったそうです
近隣の神社では、注連柱に棒を掛け、細い注連縄を波打たせて張ったものがよく見られ(豊玉姫命関連の神社と同じで、龍体を思わせる)、長尾の地が龍神様に縁深いことがうかがえます

2回目の参拝になる今回は、八幡さんばりの豪華な龍の彫物が気になりました

雨乞いの霊場神泉苑にて、99人の白拍子が舞っても一滴も雨は降りませんでしたが、100人目に静御前が舞を奉納したところ八大龍王が現れ、3日間雨が降り続いたそうです

【補陀落山(ふだらくざん)観音院(かんのんいん)長尾寺(ながおじ)】
本尊:聖観世音菩薩
宗派:天台宗
開基:行基菩薩
長尾寺は、739(天平11)年、行基菩薩が道ばたの柳の木で本尊の聖観音菩薩像を彫り、御堂を建てたのがはじまりとされ、その当時は法相宗とされた。その後、弘法大師(774-835)が訪れ、年頭七夜に渡って護摩祈祷を行っている。このとき人々に護摩符を授けたことから「大会陽(だいえよう)福奪い」という伝統行事が生まれ、正月の風物詩となっている。825(天長2)年、唐より帰朝した空海は大日経を書写した供養塔(現存せず)を建立し伽藍を整え真言宗に改宗したとされる。
その後、幾度かの兵火により堂宇は失われたが、慶長年間(1596-1615)生駒氏によって再興、長尾観音寺と呼ばれる。1681(天和元)年には、高松藩主 松平頼常が堂塔を寄進、翌々年には讃岐七観音の随一とし、真言宗から天台宗に改宗される。1693(元禄6)年には寺領を賜り観音院長尾寺と改称された。

【87_T.Hamada's view】
本堂と大師堂。

【87_大会陽】
正月2日には、三味線に合わせて餅をつく「三味線餅つき」を開催。正月7日には、大鏡餅と三宝を合わせた約160㎏を持ち上げ、歩いた距離を競い合う、力餅運搬競技大会も開催。これらの行事を「大会陽」と呼び、百年余りの歴史を持つ。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)


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