きやまじんじゃ
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城山神社について
道真公の雨乞い伝説
太古から現在に至るまで水不足に悩まされている讃岐国。かつて讃岐国の国司に任じられていた菅原道真公が渇水に苦しむ民のために城山に登って雨乞いを行い、見事に雨を降らせました。民を救ったその功績から延喜式では名神大社として載せられ、ご祭神は讃岐国造の先祖であるため国府を守る神社として崇敬を集めていました。
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讃岐国の三社の名神大社のうち、中讃地域に鎮座する神社です。初代讃岐国造を祀り、かつて坂出市にあった国府の総鎮守として崇敬を集めていました。

《一の鳥居》

《社号碑》

《手水舎》
キレイな水が張られています。

《拝殿と狛犬》
右側の獅子さん少し舌が出てます

《拝殿》

社紋は丸の中に頭文字の「城」という独自のものです。

《末社・雨請天満宮》
☆チェックポイント!!
讃岐国が雨が降らず水不足に陥ったとき、国司として派遣されていた菅原道真公が城山神社に雨乞いをして、見事降らせた功績を讃え作られました。
香川県において水不足は現在に至るまで問題となっていますが、天気といった人間の力ではどうしようもないことに対しては本当に神様のお力次第です。

《社務所》
普段は無人です。

《土俵》

《由緒書き》

現在も節分には豆まきが行われていたりと、地域に根ざした祭りを行う氏神神社として長く愛されている神社です。ちなみに御朱印あります。
2019/12/23 追記↓
神体山である城山に奥宮があるということで、行ってみました。

伝承で菅原道真公が雨乞いをしたということだったので、もしかしたらこの石の上で行われていたのかもしれません。

《奥宮》
小さな祠です。

周りには巨石がごろごろしており、磐座として神様を降し、祭祀を行なっていたと考えられます。
古代祭祀の場として残っている貴重な資料です。
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
この社は延喜式内大社にして讃岐国三社の1つである。
伝説によれば第12代景行天皇の23年神櫛王勅命を受け南海の悪魚を討たんと讃岐の国に来り櫛梨山の麓を根拠に祓戸の神、大麻、大歳の神に祈りこれを退治す。
天皇これを賞し讃岐の国造に任ず。
王城山に城郭を築きこの国をよく治め給う。
王、仲哀天皇の8年9月15日御歳125歳にして薨す。
国人その徳を奉齋し城山の嶺明神ヶ原に廟を建て城山大明神神櫛別命として祀る。
これ城山神社の由来なり。
後清和天皇貞観5年従五位上に叙せられ、醍醐天皇延喜4年延喜式大社、明治36年県社となる。
又仁和4年時の国司菅原道真公は大干魃に際し「城中数社茲社尤霊」と城山の神に雨を請う。
神霊これに応え大雨ぞ降る。民人大いに喜び感極まり念仏を唱えながら踊り狂う。
これ今に残る念仏踊りにして、この社尊厳の一事なり、神宝として讃岐国城山神社記 菅丞城祖祭城山神文、渡唐天神御影他数点があり、境内境外末社数社を数える。
時経て、天慶3年藤原純友 正平17年細川清氏の兵火に罹りその都度御神体は印やく、北谷の地に祀れ現在に至る。
現建物は、本殿明治26年、拝殿天明6年、社務所大正8年の再建て大正9年と昭和60年に大修復されている。
写真












| 名称 | 城山神社 |
|---|---|
| 読み方 | きやまじんじゃ |
| 通称 | 印鑰大明神 |
| 参拝時間 | なし |
| 参拝にかかる時間 | 10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0877-48-1936 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》神櫛別命 |
|---|---|
| ご神体 | 城山 |
| 創建時代 | 仲哀天皇八年(199) |
| 本殿 | 春日造 |
| ご由緒 | この社は延喜式内大社にして讃岐国三社の1つである。
|
| ご利益 | 学問の神様・合格祈願家内安全五穀豊穣 |
| 体験 | 祈祷おみくじ御朱印お守り祭り伝説 |
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