しらみねぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方白峰宮のお参りの記録一覧

四国八十八霊場79番札所天皇寺の境内に接して鎮座されている神社です。
由緒などについては 天皇寺の紹介で書かせていただきました。
今回の日帰り旅行では けっこうな数の寺社をお参りできました。
長尾寺・長尾天神宮・圓通寺・自性院・志度寺・一宮寺・根香寺・白峯寺・讃岐國分寺・天皇寺・
白峰宮で とっても満喫させていただきました。
信仰心があるとは思えない私ですが やはり寺社巡りをすると心が和みます。
こちらの白峰宮さんも 梅が美しく咲き ほっこりします。
鳥居が三輪鳥居で なんだか重厚な気分が伝わってきます。
狛犬の表情が他とは違っておもしろいです。
手水舎の屋根に リトル狛犬さんが乗っかっているような。
なぜだか分からないのですが 本殿が私を呼んでいたような気がして 写真を何枚も撮っていました。
きっとお導きだったのだと思います。
四国に来て良かった~。
次回はもう日帰りは無理かなぁ。

石柱

三輪鳥居

天皇寺の境内を通り抜けて

神馬

狛犬の表情が他と違います


拝殿

拝殿内陣


摂社(不明)

社務所

胎蔵界説法の扁額

本殿

本殿


楠の巨木

天満宮

力石

手水舎の屋根に

手水舎

椿と梅

左手は天皇寺の堂宇

帰り道 沿岸を走ると瀬戸内海が見えます

2度目ましてぇの参拝⛩️
今回の最大の目的は❣️
ところてん(笑)
食欲爆発です💥
夏場しかやってないので前回の参拝の時は閉まってたので・・・・😅
2度目だとよりゆっくりと参拝も出来てイイですね♫

相変わらず素敵な鳥居










平日の午前中だったからか貸し切り状態❤️
香川県では有名なお店なので夏本番になってくると人が多い💦

待ちに待ったところてん。
いろんな味があったけどやっぱり辛子酢醤油でしょ(笑)

腹ごしらえの後は獣道の先にある瑠璃光院にも❤️

今の時期はこの道は危険極まりない⚠️
大きな蜂が出没🐝
途中で泣きそうになった😭笑


無事に到着して参拝❤️
しばらく座ってぼーーっとして、鳥の声や、風で葉っぱが擦れる音を聞いてました🎵



ちょっとした山登りしたので、速攻で糖分摂取(笑)
ところてん食べたばかりなのに・・・・あんみつもいっちゃいました〜

白峯宮来たら是非、味わってほしいです🫶

1156年、保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐国に流刑となりました。そんなこんなで、1164年に崩御するまでの9年間を讃岐国で過ごしたといわれています。崇徳上皇の死後、亡骸の処遇を巡って京からの返事を待つ間、遺体を八十場の泉に浸していたという。やがて上皇は火葬され、妙成就寺と並んで建てられた白峰宮に祀られました。それがこの神社の始まりといわれています。
神社とお寺が同じ敷地内にあって面白い所でした✨
御朱印は白峯宮と天皇寺と二つ別の場所でいただけます。
この後・・・・地獄の獣道へ突入しました💦
なかなかヤバかった💦

三ツ鳥居っていうんですね‼️
こんな鳥居があるなんて知らなかった💦
しかも両脇の鳥居が小さいのは珍しいみたいですね。

鳥居の柱の半分が石造り。これもまた珍しいようですね〜。



拝殿前に御用の際は連絡を📞と書いてくださっています。
電話したらすぐ側にお家があるのでそちらで御朱印を書いてくださります。




こちらの御朱印は今みで頂いたもののなかでは1番好きかも❤️
丸文字っぽくて可愛い😍

本殿もかなり大きくて立派でした^^

最寄りの駅はJR八十場です。
ここから歩いて10分くらいで白峯宮と天皇寺に着きます。




【別名:明の宮(あかりのみや)。何の明かりでしょう?】
白峰宮(しらみねぐう)は、旧讃岐国、香川県坂出市に鎮座する神社です。
坂出市観光協会主催の「『崇徳上皇の足跡と国宝神谷神社をめぐる』ツアー」にて参拝いたしました。
(本ツアーは毎月第3日曜開催、詳細は下記URLご参照くださいませ)
https://www.sakaide-kankou.net/events/townwalking/sutoku_tour.html
保元の乱(1156年)に敗れ配流されて以来、崇徳上皇は9年程の余生をここ讃岐の地でお過ごしになり、崩御されました。
「配流された天皇のご遺体を、一体どうすれば良いのか?!」
前代未聞の難問に、讃岐国は大慌てで朝廷に使いを出されたことでしょう。
しかし、讃岐から朝廷まで行って帰ってくるとなると、かなりの日数がかかってしまいます。
しかも、崇徳院が崩御されたのは暑い夏の時でした。
そうなると、気になるのはご遺体です。
もし使いが帰ってくるまで放置すると、腐敗してしまう...
そこで、使いが帰ってくるまでの間、崇徳院のご遺体は、八十場(やそば)の泉にて、
20日間にわたり冷やされ続けたのでした。
その崇徳院の御遺体を冷やし続けた20日間のあいだ、
不思議なことに、この泉の東の丘に、毎夜神光が輝いたといいます。
そこで、二条天皇の宣旨により、東の丘に崇徳院を祀る神社が造営され、御神光にちなみ明の宮(あかりのみや)と呼ばれるようになったのが、ここ白峰宮の嚆矢と伝えられています。
八十場の泉は、古くからの泉で、旱魃の時も水が枯れない泉であったといいます。
また、伝説もあり、景行天皇の時代、南海で暴れていた悪魚を退治に向かった讃留霊皇子(さるれおうじ)と勇者達の一行が、悪魚の毒に苦しんだとき、
この八十場の泉を飲むことで勇者達が蘇ったと伝えられます(その伝説から、「八十蘇場の清水」とも書かれるようです)。
八十場の泉からは今も滾々と清水が湧き出ています。
春になると、その清水で作ったところてんをお茶屋で頂けるとのことです。
さて、朝廷から讃岐に帰ってきた使いが賜った詔に則り、
崇徳院のご遺体は白峯寺に葬られることとなりました。
ここに白峯寺へ向けた崇徳院の送葬の旅が始まります。
そしてこの後も、不思議な出来事は続くのです...
続きはまたの投稿で。

三ツ鳥居(三輪鳥居)です。小鳥居が包み込むように内側に向かって建てられているのが特徴的です

崇徳天皇

八十場の泉
天皇の御遺体を冷やした水と同じ水で作ったところてんを食べるというのはなかなかシュールですね

清水

泉

社殿

神木 楠木です
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
















































































































