さぬきこくぶんじ
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讃岐國分寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年03月11日(月)
参拝:2024年2月吉日
憧れの四国八十八霊場巡り日帰り5回目です。
白峯寺から車で20分ほどで着きます。
駐車場に停められる台数も多く お参りしやすいです。
仁王門をくぐって真っすぐ行くと本堂があります。
ご本尊の十一面千手観世音菩薩は見ることができます。
あくびちゃんという幸せの白猫もいます。
境内社で 春日神社と良縁社があります。
良縁社は 金箔を貼って祈願することになっていました。
また狛犬が珍しいタイプでした。
池にはお願い弁財天がいます。七福神勢ぞろいです。
願掛け不動明王もいます。
願掛け大師像もあります。
願掛けばかりですね。
大師堂の地下には千体地蔵が並んでいます。
大師堂では様々な拝受品を購入できます。
大日如来堂は工事中で 大日如来像を500年ぶりに完全再現するためのクラウドファンディングが行われていました。
すでに目標を達成されているようでした。
境内にはミニ四国八十八か所の石仏が並んでいます。
見どころが多くて 時間が早く経ってしまいます。
山号は白牛山 院号は千手院 宗旨宗派は真言宗御室派 寺格は別格本山 ご本尊は十一面千手観世音菩薩 創建年は天平勝宝8歳(756年)以前 開基は(伝)行基です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
ご詠歌:国を分け野山をしのぎ寺々に まいれる人を助けましませ
でした。
由緒については
国分寺は天平13年(741年)聖武天皇が発した国分寺建立の詔により全国六十八箇所に建立されたとされ 当寺もその頃の創建と推測される。
寺伝では 行基が丈六の十一面千手観世音菩薩を本尊として開基したとされる(現存する本尊像は当時のものではないが 四国霊場の江戸期以前作の仏像で 丈六仏は善通寺の薬師如来坐像と当寺本尊のみで しかも立像であるので四国霊場で最大の大きさである)。
史実としての具体的な創建年は定かでない。
『続日本紀』には天平勝宝8歳(756年)に「讃岐国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜」との記載があり この頃に寺観が整っていたと考えられる。
明徳2年(1391年)の文献には当寺が西大寺の末寺である旨が記されており その他の文献から鎌倉末期までには西大寺末となっていたと推測されており現存本堂の建造も西大寺系の僧が関わっていたものと考えられる。
天正の兵火により本堂と本尊と鐘楼を残しほとんどが焼失した。
その後 江戸時代には讃岐高松藩主から崇敬され 63石前後の寺領寄進を受けた。
とありました。
白峯寺から車で20分ほどで着きます。
駐車場に停められる台数も多く お参りしやすいです。
仁王門をくぐって真っすぐ行くと本堂があります。
ご本尊の十一面千手観世音菩薩は見ることができます。
あくびちゃんという幸せの白猫もいます。
境内社で 春日神社と良縁社があります。
良縁社は 金箔を貼って祈願することになっていました。
また狛犬が珍しいタイプでした。
池にはお願い弁財天がいます。七福神勢ぞろいです。
願掛け不動明王もいます。
願掛け大師像もあります。
願掛けばかりですね。
大師堂の地下には千体地蔵が並んでいます。
大師堂では様々な拝受品を購入できます。
大日如来堂は工事中で 大日如来像を500年ぶりに完全再現するためのクラウドファンディングが行われていました。
すでに目標を達成されているようでした。
境内にはミニ四国八十八か所の石仏が並んでいます。
見どころが多くて 時間が早く経ってしまいます。
山号は白牛山 院号は千手院 宗旨宗派は真言宗御室派 寺格は別格本山 ご本尊は十一面千手観世音菩薩 創建年は天平勝宝8歳(756年)以前 開基は(伝)行基です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
ご詠歌:国を分け野山をしのぎ寺々に まいれる人を助けましませ
でした。
由緒については
国分寺は天平13年(741年)聖武天皇が発した国分寺建立の詔により全国六十八箇所に建立されたとされ 当寺もその頃の創建と推測される。
寺伝では 行基が丈六の十一面千手観世音菩薩を本尊として開基したとされる(現存する本尊像は当時のものではないが 四国霊場の江戸期以前作の仏像で 丈六仏は善通寺の薬師如来坐像と当寺本尊のみで しかも立像であるので四国霊場で最大の大きさである)。
史実としての具体的な創建年は定かでない。
『続日本紀』には天平勝宝8歳(756年)に「讃岐国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜」との記載があり この頃に寺観が整っていたと考えられる。
明徳2年(1391年)の文献には当寺が西大寺の末寺である旨が記されており その他の文献から鎌倉末期までには西大寺末となっていたと推測されており現存本堂の建造も西大寺系の僧が関わっていたものと考えられる。
天正の兵火により本堂と本尊と鐘楼を残しほとんどが焼失した。
その後 江戸時代には讃岐高松藩主から崇敬され 63石前後の寺領寄進を受けた。
とありました。
山門(仁王門)
縁起略記
山門の扁額
鐘楼
鐘楼の由緒
お迎え弁財天
閻魔堂
国分寺由来
延命地蔵尊
本堂
本堂由緒
本堂内陣
こういう鐘は何と呼ぶのでしょうか
春日神社
福龍の看板 ぼろぼろ
本殿でしょう
古木とお地蔵様
良縁社
珍しいタイプの狛犬
金箔を貼って祈願します
松葉でハートマーク
お願い弁財天
水かけ地蔵
手水は龍
願かけ不動明王
修行大師像と寿老人
願掛大師 金箔を貼って願掛けします
稚児大師
釈迦如来と仏足石
水子地蔵
鳥芻沙摩明王尊
千躰地蔵
入口
それぞれのお地蔵様に 奉納者のお名前が
しだれ梅
福松
大師堂
仏足石
大日如来堂
ミニ四国八十八か所の石仏が並んでいます
千体地蔵堂
ミニ四国八十八か所の石仏が並んでいます
石柱
すてき
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くるくるきよせん2024投稿
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