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延寿寺観音堂ではいただけません
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御朱印について
御朱印
なし
ありません

巡礼

当國三十三観音
二十五番札所(旧)

おすすめの投稿

フクロー
2022年09月12日(月)
161投稿

花巻祭りの時に参拝しました。かなり古いお堂なので、管理をする方のご苦労が感じられます。宮沢賢治の童話に出てくる可愛い動物のモニュメントが必見です。

延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂(岩手県)

本堂の横。

延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)

隣のお堂。

延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂の鳥居
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂(岩手県)
延寿寺観音堂の周辺

お堂の前の広大な緑。

延寿寺観音堂(岩手県)

宮沢賢治『雪渡り』のモニュメント。

延寿寺観音堂(岩手県)

宮沢賢治『どんぐりの山猫』のモニュメント。

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断捨離
2021年11月19日(金)
1190投稿

いやぁ〰びっくり!投稿しようと、延寿院観音堂のページを検索したら、、ここはフジクミさんが管理なさっている御堂じゃないですか!!

花巻の祖「北松斎」も厚い信仰をよせていたと言われる観音堂。当国三十三観音、第25番札所。

大変綺麗にお手入れもされていて、お花も咲き、気持ち良い御堂です。

御堂の奥にお家があり、年配の方が作業をしていましたが、もしや、あの方がフジクミさん?

延寿寺観音堂の鳥居

鳥谷崎神社の一の鳥居まで下った右手に、また鳥居。
「観音寺 観音堂」と書いてあります。

延寿寺観音堂の建物その他

鳥居からは広ーい広場の真ん中に参道が真っ直ぐ伸びています。
その奥に観音堂があります。

延寿寺観音堂の歴史

由緒書きもあります。

延寿寺観音堂の建物その他

観音堂

延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂の建物その他
延寿寺観音堂の手水

盥水には享保ニ年と刻まれています。

延寿寺観音堂の自然

樹齢数百年の千年桂
市の天然記念物です。

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歴史

この観音堂の起源延寿寺観音堂は詳しくわかっていないが、花巻開町の祖である「北松斎」も厚い信仰を寄せていた観音堂(観音寺)であったと伝えられている。この観音堂(観音寺)は当国三十三観音の二十五番札所であり、花巻七観音参りの一つとして賑わっていた。しかし、明治政府の神仏分離令によって観音寺は廃寺となり、観音像など寺の宝は他の寺へ移され、観音堂(本堂)は西宮野目の「三嶽神社」の拝殿として移された。現在の「延寿寺観音堂」は、明治の中頃に町内の講中によって新しく建てられ、新たな本尊として十一面観音立像などが大切に納められ、毎年7月17日の宵祭や12月17日また、境内にはその歴史を物語るように、樹齢数百年と伝えられている「千本桂」があり、花巻市の天然記念物に指定されている。そのほかにも、境内には天保14年(1843)9月と刻み込まれた「庚申塔」や嘉永7年(1854年)7月7日と印された当国三十三所塔など、当時の観音巡礼を記念した石碑として貴重なものです。また、盥水には享保2年(1717年)奉納と刻まれている。」とあります。
延寿寺の創建は不詳ですが、その後、円城寺に寺号を改めたとされ、現在の観音堂から見ると高台に境内を構えている鳥谷崎神社に移築されてる円城寺門はその名残とされます。その後、円城寺が御田屋町に遷ると、江戸時代初期の寛文13年(1673)に花巻城の祈願所として観音寺が創建、延寿寺時代からの観音堂を引き続き奉斎しています。観音堂は木造平屋建て、寄棟、鉄板葺き、平入、桁行3間、正面1間向拝付き。

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延寿寺観音堂の基本情報

住所岩手県花巻市仲町
行き方
アクセスを詳しく見る
名称延寿寺観音堂
読み方えんじゅじかんのんどう
参拝料

なし

トイレ鳥居から坂を上がったところにあります。
御朱印なし
SNS

詳細情報

ご本尊十一面観音
宗旨・宗派
札所など

当國三十三観音 二十五番札所(旧)

ご由緒

この観音堂の起源延寿寺観音堂は詳しくわかっていないが、花巻開町の祖である「北松斎」も厚い信仰を寄せていた観音堂(観音寺)であったと伝えられている。この観音堂(観音寺)は当国三十三観音の二十五番札所であり、花巻七観音参りの一つとして賑わっていた。しかし、明治政府の神仏分離令によって観音寺は廃寺となり、観音像など寺の宝は他の寺へ移され、観音堂(本堂)は西宮野目の「三嶽神社」の拝殿として移された。現在の「延寿寺観音堂」は、明治の中頃に町内の講中によって新しく建てられ、新たな本尊として十一面観音立像などが大切に納められ、毎年7月17日の宵祭や12月17日また、境内にはその歴史を物語るように、樹齢数百年と伝えられている「千本桂」があり、花巻市の天然記念物に指定されている。そのほかにも、境内には天保14年(1843)9月と刻み込まれた「庚申塔」や嘉永7年(1854年)7月7日と印された当国三十三所塔など、当時の観音巡礼を記念した石碑として貴重なものです。また、盥水には享保2年(1717年)奉納と刻まれている。」とあります。
延寿寺の創建は不詳ですが、その後、円城寺に寺号を改めたとされ、現在の観音堂から見ると高台に境内を構えている鳥谷崎神社に移築されてる円城寺門はその名残とされます。その後、円城寺が御田屋町に遷ると、江戸時代初期の寛文13年(1673)に花巻城の祈願所として観音寺が創建、延寿寺時代からの観音堂を引き続き奉斎しています。観音堂は木造平屋建て、寄棟、鉄板葺き、平入、桁行3間、正面1間向拝付き。

体験札所・七福神巡り

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