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しわふるいなりじんじゃ

志和古稲荷神社の御由緒・歴史
岩手県 古館駅

ご祭神《主》宇迦御魂命
ご由緒

神社の御創祀は年代不詳。この地方一帯を領知していた斯波氏の厚い崇敬を受けられた以前のことは不明であるが、御創建の往古にあった事は一見社名に知られ、ことに古く本宮と称し、修験道を以て世襲した祀職が本宮寺と称しm維新に及んだことに依っても明らかである。
 藩主南部利直公以来、数回社領の御進献あり、歴代藩主事大小と無く祈願を籠められ、藩主の親拝・代拝すこぶる頻繁であり、修理一に藩費に出ていたのである。
 かの志和稲荷両社といい、志和両社街道と称し、志和稲荷社と相並び鎮まり、藩主よりは両社全く等しい御崇敬を捧げられ、御待遇の上にも曽て切り離されたお取り扱いがなく、規模大ならざる当社が、いかにその由緒の深遠なるものであるかを物語るものであり、公に領内稲荷社の第二位に列せられてあった

歴史
歴史[編集] 天喜5年(1057年)、源頼義が安倍頼時、貞任父子追討(前九年の役)の為に陣ヶ岡に布陣した際に戦勝を祈願して京の伏見稲荷神社から分霊を勧請して創祀したと伝え、その後藤原氏の一族で斯波郡を領した樋爪俊衡等が再建したとも[1]、文治5年(1189年)の奥州合戦に際して源頼朝が再建したともいう[2]。また、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}大同年間(806年 - 810年)の創建とする伝承もあり[要出典]、更に建武2年(1335年)に奥州総大将として斯波郡に下向した斯波家長が...Wikipediaで続きを読む
引用元情報志和稲荷神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%BF%97%E5%92%8C%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=101985462

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