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2024年01月18日(木) 21時08分 byくし
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文禄元年(1592年)、弘経寺9世天機上人の弟子・西譽哲山上人が開基。 戦国時代は豊臣氏家臣の羽生氏の居館跡で、羽生一族滅亡後に堂宇を建てて供養をしたのが始まりと伝わる。 【怪談 累ヶ淵】 累の物語は、江戸時代初期の慶長17年(1612)から寛文12年(1672)までの60年にわたって繰り広げられた、親が子を、夫が妻を殺害するにいたる陰惨な出来事である。 羽生村の百姓、与右衛門の後妻すぎは、夫との不仲を恐れ、その醜く生まれついた助という連れ子の男子を殺してしまう。 その後に生まれた累は助に生き写しであったため、いつしか「かさね」と呼ばれるようになった。 心優しい娘に成長した累は、旅に病む他国者を助け婿に迎えるが、やがてその醜さゆえに疎まれるようになり、二代目与右衛門を名乗るようになった夫に鬼怒川で殺害されてしまう。 しかしその後、与右衛門には不幸が続き、そして死霊が後妻との間に生まれた娘 菊にとりつき苦しめたため、飯沼弘経寺にいた祐天上人が念仏の法力を持ってこれを解脱したという実話に基づく物語である。
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《本尊》阿弥陀如来 《脇》祐天上人、累・菊・助の木像 《堂宇》北向地蔵尊、累一族の墓
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http://www.houzouji.or.jp/
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境内にあり
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羽生山
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往生院
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文禄元年(1592年)
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西譽哲山上人
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