ぜんのうじ
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楽しみ方善応寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月12日(金) 06時25分40秒
参拝:2024年5月吉日
茨城県 土浦市 真鍋町 に境内を構える、照井山 善応寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、2024.に初参拝致しました、寺院対応は 丁寧な対応でとても良い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 照井山、寺号は 善応寺、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 大日如来(胎蔵界)常陸西国三十三観音霊場 第九番札所、関東八十八カ所霊場 第三十五番札所 大日如来、善応寺の創建は不詳ですが伝承によると南北朝時代頃とされます(一説には室町時代以前とも)。江戸時代に入ると土浦城から北東の方角に当たる為、鬼門鎮護の寺院として歴代藩主から庇護され、寛文10年(1670)に時に土浦藩主土屋数直が観音堂を寄進しています。江戸時代末期、18世住職だった佐久良東雄(万葉法師)は天保13年(1842)に住職を辞してから平田篤胤に師事、その後は尊王倒幕運動に携り万延元年(1860)に幕府から捕縛され獄中死しています。
現在の善応寺観音堂は寛政12年(1800)の火災で焼失後の文化11年(1814)に再建されたもので入母屋、桟瓦葺、平入、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、浜縁、高欄、素地造、屋根の棟には藩主土屋家の家紋である「三ツ石紋」が掲げられ格式を感じる事が出来ます。山門は切妻、本瓦葺き、一間一戸、四脚門。本堂は木造平屋建て、入母屋、本瓦葺き、桁行6間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。
善応寺境内には昭和7年(1932)に改葬された佐久良東雄の墓があり、同じく尊王派で獄中死した大久保要墓碑と共に土浦市指定史跡に指定されています。境内の片隅には照井の井戸があり、伝承によると弘法大師が錫杖で一突きすると不思議な事に霊泉が滾々と湧き出たとされ江戸時代には土浦城まで水が引かれていたそうです
現在の善応寺観音堂は寛政12年(1800)の火災で焼失後の文化11年(1814)に再建されたもので入母屋、桟瓦葺、平入、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、浜縁、高欄、素地造、屋根の棟には藩主土屋家の家紋である「三ツ石紋」が掲げられ格式を感じる事が出来ます。山門は切妻、本瓦葺き、一間一戸、四脚門。本堂は木造平屋建て、入母屋、本瓦葺き、桁行6間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。
善応寺境内には昭和7年(1932)に改葬された佐久良東雄の墓があり、同じく尊王派で獄中死した大久保要墓碑と共に土浦市指定史跡に指定されています。境内の片隅には照井の井戸があり、伝承によると弘法大師が錫杖で一突きすると不思議な事に霊泉が滾々と湧き出たとされ江戸時代には土浦城まで水が引かれていたそうです
すてき
投稿者のプロフィール
japan-wel…760投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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