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粟鹿神社のお参りの記録一覧
兵庫県 梁瀬駅

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Gauche Ingalls
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2024年01月27日(土)730投稿

#粟鹿神社

主祭神はアメノミサリの命、ヒコイマスノオオキミの命、ヒコホホデミの尊。ご祭神は他に7柱。

#天美佐利命

パンフによればオオクニヌシの命の子。神社に伝わる古文書に、荒ぶる神で、第11代・垂仁天皇が彼を丁寧に祀ったとある、と。だが僕は、風土記や先代旧事本紀も含め、ここ粟鹿神社の他では一度も彼の御名を聞いたことがない。

#日子坐王命

古事記では日子坐王、日本書紀では彦坐王。古事記・日本書紀とも、第9代・開化天皇の皇子とする。

パンフによれば、第10代・崇神天皇の時、四道将軍の一員として山陰・丹波・若狭を平定した。しかし日本書紀だと、彼ではなくその御子のタニワノミチヌシの命が四道将軍になったとある。古事記ではヒコイマスの王なのだが、あちらだとオオキビツヒコの命が出動したのが第7代・孝霊天皇のところに書かれていて、崇神天皇の時代に活躍した将が3柱に減っている。要するに、四道将軍という概念自体が古事記には無い。

古事記では、ヒコイマスの王の子孫について非常に詳しく書かれている。まず、上記の垂仁天皇の最初の皇后・サホビメの命は彼の御子だ。彼女が自ら命を絶った後、新たに皇后に迎え入れられたヒバスヒメの命は、タニワノミチヌシの命の子、よってヒコイマスの王の孫にあたる。そして誰よりも神功皇后。彼女はヒコイマスの王を1代目とした時、5代目にあたる子孫だ。

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