あめのまひとつじんじゃ
天目一神社兵庫県 黒田庄駅
参拝自由
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楽しみ方
播磨国多可郡の式内後裔社です。社名の通り鍛治の神様とされる天目一箇神さまを祀っており、この地域には製鉄の技を持つ職人たちが住んでいたとされています。ここ以外には多度大社別宮の一目連神社にも祀られているといわれています。
《鳥居と社号碑》
天目一神社以外にも平野神社という社名がついてます。
《境内図》
この神社は他の式内社と違って再興された式内社であることがしっかりと言及されています。
そして上にある平野神社はこの地域の鎮守社としてあった神社で、天目一神社を再興する際に近くにある神社をいくつも合祀しましたが、住人からすると平野神社の方が所縁が深かったことが社名に残るきっかけになったみたいです。
一応神社本庁下では天目一神社が正式名称のようです。
天目一神社は、延喜五年(927)に編集された『延喜式』神名帳みその名が見られる''式内社''。奈良時代(710〜794)初期に編まれた『播磨国風土記』の詫賀郡の条に御祭神の天目一箇命が登場することから、極めて古い時期に成立した神社と考えられています。
そのような古社も、天正八年(1580)に三木城主別所氏の兵火(一説に平家の時代とも)によって記録は失われ(『神社誌』)、やがてお社がどこにあったのか知る人はいなくなってしまいました。それでも多可郡内に各所に天目一箇命にまつわる伝承が伝えられています。
明治時代、再び式内社への関心が高まると、飾磨県による神社調査が行われ、著名な学者や歴史家が「天目一神社は今、大木村に在り」と推定します(『神祇志料』、『播磨国式内社考』、『大日本地名辞書』等)。様々に論争が交わされましたが、当時の多可郡神職会も大木説を支持するに至り、復興の機運が一気に高まったのです。
再建地となったのは、古代建築の礎石が残り古くから神聖視されていた惣堂天王社の杜。ここには天目一社の小さな祠があったようで、明治末期から大正の初めにかけて村内の明神社、大年神社、若宮神社、さらに平野神社が合祀されます(『神社誌』)。そして大正十二年(1923)、新たな社殿が完成し復興されたのが現在の天目一神社です。












| 住所 | 兵庫県西脇市大木町648 |
|---|---|
| 行き方 |
| 名称 | 天目一神社 |
|---|---|
| 読み方 | あめのまひとつじんじゃ |
| 通称 | 平野神社 |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 約15分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 電話番号 | 0795-32-1323(安田稲荷神社) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご祭神 | 《主祭神》
天目一箇命(アメノマヒトツノミコト) 《配祀神》 大雀命(オオサザキノミコト) 日本武命(ヤマトタケルノミコト) 天穂日命(アメノホヒノミコト) |
|---|---|
| 創建時代 | 不詳(復興は大正十二年) |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 神明造 |
| ご由緒 | 天目一神社は、延喜五年(927)に編集された『延喜式』神名帳みその名が見られる''式内社''。奈良時代(710〜794)初期に編まれた『播磨国風土記』の詫賀郡の条に御祭神の天目一箇命が登場することから、極めて古い時期に成立した神社と考えられています。
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| ご利益 | |
| 体験 |
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