かくりんじ
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楽しみ方鶴林寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月14日(日) 19時14分51秒
参拝:2026年6月吉日
【刀田山(とたさん)鶴林寺(かくりんじ)】
本尊:薬師如来
宗派:天台宗
開基:聖徳太子
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第57番~
鶴林寺は、 兵庫県加古川市加古川町に位置します。589(崇峻2)年、聖徳太子が渡来人の一人、秦河勝(はたのかわかつ)という側近に命じて草創したと伝わります。「聖徳太子信仰」の寺として知られ、「播磨の法隆寺」「西の法隆寺」「刀田の太子さん」と呼ばれ、親しまれています。
この寺は最初、「四天王寺聖霊院(してんのうじしょうりょういん)」と呼ばれていました。1112(天永3)年、第74代 鳥羽天皇(在位:1107-1123)がここを訪れて「鶴林寺」の勅願をくだしおかれ、そのときから鶴林寺となっています。「鶴林」とは釈迦が80歳で沙羅の樹の林で入滅するとき、突然、その林全体が枯れて白くなってしまい、その様子が、まるで白い鶴が林に群がるように見えたことによるといわれています。
~『百寺巡礼 第六巻 関西』五木寛之(講談社、2004)~
本尊:薬師如来
宗派:天台宗
開基:聖徳太子
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第57番~
鶴林寺は、 兵庫県加古川市加古川町に位置します。589(崇峻2)年、聖徳太子が渡来人の一人、秦河勝(はたのかわかつ)という側近に命じて草創したと伝わります。「聖徳太子信仰」の寺として知られ、「播磨の法隆寺」「西の法隆寺」「刀田の太子さん」と呼ばれ、親しまれています。
この寺は最初、「四天王寺聖霊院(してんのうじしょうりょういん)」と呼ばれていました。1112(天永3)年、第74代 鳥羽天皇(在位:1107-1123)がここを訪れて「鶴林寺」の勅願をくだしおかれ、そのときから鶴林寺となっています。「鶴林」とは釈迦が80歳で沙羅の樹の林で入滅するとき、突然、その林全体が枯れて白くなってしまい、その様子が、まるで白い鶴が林に群がるように見えたことによるといわれています。
~『百寺巡礼 第六巻 関西』五木寛之(講談社、2004)~

【三重塔】

【仁王門】

【仁王 阿形像】

【仁王 吽形像】

【手水舎】

【手水舎の龍】

【菩提樹】

【菩提樹の花】

【沙羅の木】

【沙羅の木の花】
夏椿を沙羅の木(沙羅双樹)として扱っているようです。
夏椿を沙羅の木(沙羅双樹)として扱っているようです。

【本堂】
国宝。
国宝。


【常行堂】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【新薬師堂】



【摩虎羅大将(まこらたいしょう)像】
ウインクしている仏像として話題になりました。
ウインクしている仏像として話題になりました。

【経蔵】

【行者堂】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【三重塔】


【石風呂】

【太子堂】
国宝。
国宝。

【鐘楼】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【観音堂】


【法華一石一字塔】

【護摩堂】
国の重要文化財。
国の重要文化財。


【子安地蔵尊】

【不開の門跡】
~六世紀に仏教が日本にはいってきたとき、廃仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏のあいだで対立が起こった。それが極限に達していたころに、高麗(こま)から渡ってきた恵便(えべん)という高僧がいたという。恵便はこの両者の抗争から逃れて、加古川の地に身を隠していたらしい。それを知って、恵便に教えを請うために、奈良の都からこの加古川の地へやってきたのが、当時十二歳だった聖徳太子である。近くの住民たちは太子の突然の来訪に驚き、急ごしらえの庵を建てて、そこに恵便と太子を迎えた。それが、この「不開門跡(あかずのもんあと)」のあたりで、太子が帰った後に、門はそのまま閉ざされたのだという。高貴な二人がくぐった門を永遠の思い出として封じたのだろうか。~
~六世紀に仏教が日本にはいってきたとき、廃仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏のあいだで対立が起こった。それが極限に達していたころに、高麗(こま)から渡ってきた恵便(えべん)という高僧がいたという。恵便はこの両者の抗争から逃れて、加古川の地に身を隠していたらしい。それを知って、恵便に教えを請うために、奈良の都からこの加古川の地へやってきたのが、当時十二歳だった聖徳太子である。近くの住民たちは太子の突然の来訪に驚き、急ごしらえの庵を建てて、そこに恵便と太子を迎えた。それが、この「不開門跡(あかずのもんあと)」のあたりで、太子が帰った後に、門はそのまま閉ざされたのだという。高貴な二人がくぐった門を永遠の思い出として封じたのだろうか。~


【聖徳太子十二歳像】

【カルガモ夫婦】

【あいたたの観音さん】
国の重要文化財。パンフレットより。
鶴林寺には、播磨随一の名宝と称される聖観音像があります。この観音像には、次のような伝説があります。
~ある日、鶴林寺に泥棒がしのびこんで、この像を盗み出した。純金だと思いこんでいた泥棒は、この観音像を火にかけて溶かそうとした。だが、いっこうに溶けない。腹を立てた泥棒は、観音像の腰のあたりを槌で思い切りたたいた。すると、「あいたたっ」という声がする。もう一度たたくと、また「あいたたっ」の声。それが観音像の叫び声だと知ってびっくりした泥棒は改心し、盗んだこの像を寺に返しにきた。それ以来、この観音像は「あいたた観音」とか「あいたたの観音さん」と呼ばれるようになったというのである。~
国の重要文化財。パンフレットより。
鶴林寺には、播磨随一の名宝と称される聖観音像があります。この観音像には、次のような伝説があります。
~ある日、鶴林寺に泥棒がしのびこんで、この像を盗み出した。純金だと思いこんでいた泥棒は、この観音像を火にかけて溶かそうとした。だが、いっこうに溶けない。腹を立てた泥棒は、観音像の腰のあたりを槌で思い切りたたいた。すると、「あいたたっ」という声がする。もう一度たたくと、また「あいたたっ」の声。それが観音像の叫び声だと知ってびっくりした泥棒は改心し、盗んだこの像を寺に返しにきた。それ以来、この観音像は「あいたた観音」とか「あいたたの観音さん」と呼ばれるようになったというのである。~

【御朱印】
すてき
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