かんきはちまんじんじゃ
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楽しみ方神吉八幡神社のお参りの記録一覧
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神吉八幡神社 (かんき八幡神社)
~ 朔日詣 ~
主祭神 誉田別命(応神天皇)
社格等 郷社
創建 応永3年(1397年)
例祭 体育の日の前の土日
主神事 渡御式(神幸行列)
1397年(応永3年)9月23日の夜もふけ、
すべてのものが静まり返ったとき、
印南郡神吉庄鞍馬山に瑞祥があり、
一筋の神火がとんできて天下原の地に落ちた。天地はそのために赤くただれ、まるで昼間のようになった。村の人は驚愕し、なすすべもなかった。
これは八幡太神の化身であると考え、ほど近い大国の里の松がうっそうと茂る地を霊地としてまつり、祠を建て、神吉庄の氏神とした。
これが神吉八幡神社のはじまりである。
その後1441年に嘉吉の乱で焼き討ちにあい社殿を消失したが、1468年(応仁2年)に
神吉の庄領主・神出元盛、大国の里にあった神社を宮山に遷座し再建する。
大国の旧地は御旅所となった。
秋季例祭
江戸時代後期に描かれた祭礼絵巻さながらの神幸行列が行われる。神幸行列は、各村が持ち回りで当番となって実施される。
神吉城主 中務少輔
神吉頼経の石碑
此石垣天文年中神吉城主
中務少輔神吉頼経公之所築
也恐後世失願主之名茲記之
~この石垣は、天文年中に神吉城主
中務少輔神吉頼経の所築で、
後世に願主の名が失われることを恐れ、
ここに銘文を記す。~
・天文年中(1532~1555年)
・神吉城主 第四代 中務少輔神吉頼経公
天文12年(1543)~元亀元年(1570)
・現今の石垣は神吉頼経公の所築した石垣を
平成28年9月に改修
平成29年4月吉日
神吉八幡神社
~境内御由緒書・神吉城主石碑より~
~・~・~・~
昨年は5日に、そして今年は朔日詣ができました。周囲は運動会真盛り。
今年も『菊』の花の御朱印を拝受したくてお参りしましたところ、奥様(御朱印をお書き入れ下さる)が覚えていて下さいました。なんと御朱印をお願いするのが1年振りになります。
素晴らしい御朱印は、1週間後以降の引取または郵送となります。御朱印拝受(できましたら再び記録させて頂きます。)を楽しみにまた、お参りさせて頂きます。
沢山の氏子さま方がいらっしゃり
「秋季例祭」の準備の真っ最中でした。
お祭り大好きにとっては嬉しい季節が
やってきました。
社号碑揮毫が、「生田神社宮司」さまとお見受けして、自分なりにわかって良かったです。
機会をつくり、高御位山に登り、くるり360度眺めてみたいです。
上の宮:加古川市西神吉町宮前979
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神吉城主・神吉頼経が寄進した石垣が印象的な神社です。
神吉城跡はここから南に約1.3kmほどのところにある常楽寺になるようです。
こちらはまた後日お参りに伺いたいと思います。
応永3年(1397年)の創立。
御祭神は誉田別命(15代応神天皇)
寛永9年(1633年)に落雷により焼失したそうですが、天和3年(1684年)5月に社殿が再建されたとのこと。
秋祭りなど盛大に行われるそうです。
周りには田畑も多く、神幸行列はきっと壮観というか素晴らしいんでしょうね。
御朱印は事前予約、もしくは御朱印帳預かりで書き入れとなります。
今回は近くまで来たこともありお参りさせていただいたので、御朱印はお願いせずに帰宅しました。
またご縁がありましたら、御朱印を拝受したいと思います。




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