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やすみてんじんじゃ

休天神社のお参りの記録(2回目)
兵庫県人丸前駅

投稿日:2025年07月21日(月) 21時06分18秒
参拝:2025年7月吉日
兵庫県明石市にある神社です。
こちら「やすみてんじんじゃ」と読みますが 菅原道真が九州に左遷されていく道すがら立ち寄って休憩したという故事により 「やすみ・てんじんじゃ」と読むのが正しいそうです。
菅原道真公は船で大宰府に向かったはずなのですが 播州街道は馬で旅をされたようです。
神戸~高砂辺りの多くの地でお休みになられているようですね。
縁の神社がとても多いです。それだけ瀬戸内の海が荒れたということなのでしょうか。
歴史に詳しくなると 寺社巡りはもっと楽しくなると感じました。

ネット情報です。
創建は903年(延喜3年) 御祭神は菅原道真です。
菅原道真が太宰府へ流される途中 明石の駅家(うまや)で休息をとったと伝えられており 神社はその駅の跡地とされている。
そのときに腰掛けた石というのが「腰掛石(菅公踞石)」として祀られているが これは 旧山陽道に面した大蔵院という寺から移設されたもの。
実際の「駅家」の位置については諸説あり ここから北に1km弱のあたりにも石碑があるそうだ。
菅原道真は讃岐守に任じられていたので 四国へ渡るために明石の駅家はちょくちょく利用しており 駅家の駅長とは知己があった。
道真の左遷を嘆く駅長に対し 道真はこう詠んだとされている。
 驛長無驚時變改 一栄一落是春秋
 (駅長驚くなかれ 時の変じ改まるを 一栄一落 これ春秋)
この歌を詠んだのが道真だというのが いわゆる史実であるかは定かではないが 境内にはこの歌を刻んだ歌碑もある。
大宰府へ行った菅原道真公が亡くなったということを聞いた駅長が 菅原道真公を祀る祠を903(延喜3)年に建てたのが休天神社の始まりといわれています。
江戸時代の1673(延宝4)年 この祠は明石城主・松平信之の手によって神社として祀られるようになりました。
菅原道真公が座って休んだといわれている菅公踞石も この3年後に近くにある大蔵院からここに移設されたそうです。
休天神社(兵庫県)
正面石鳥居
休天神社(兵庫県)
手水舎
休天神社(兵庫県)
拝殿
休天神社(兵庫県)
撫で牛ではなく 縁起牛
休天神社(兵庫県)
本殿は見えません
休天神社(兵庫県)
境内社 度會大明神

すてき

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