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こうみょうじ|浄土宗遍照山

光明寺のお参りの記録一覧
兵庫県 山陽明石駅

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四季
四季
2022年03月17日(木)568投稿

3月16日 宮城福島 福島県沖地震
心よりお見舞い申し上げます。

「浜光明寺」

~明治天皇行在所跡と楠公一族殉国由緒観世音菩薩~

山号  遍照山 光明寺
宗派  浄土宗
御本尊 阿弥陀如来

札所  
明石西国三十三観音霊場 30番 
(千手観世音菩薩)

御詠歌
頼もしや 生死の海も 近ければ
いとど光も 明らかな寺

浜光明寺は、鎌倉時代末期の元亨年間(1321~1324年)に、真誉上人によって三木に創建され、小笠原忠真公が元5(1619)年に明石城築城時に三木より現在の地に移されました。

嘉永七年(1854年)の夏から秋にかけて、近畿では地震や大風雨で多くの人々が犠牲になられました。
こちらの阿弥陀三尊像は、犠牲者を供養するために建てられたものだそうで、像の下には、「為水陸横死」と彫られている見事な石造仏です。

御本堂は、幕末に建てられた堂々たる建物で、水盤には天邪鬼もいます。

「明治天皇行在所跡」
御本堂の裏の書院は、安永八年(1779年)に建立された総檜造りの木造瓦葺平屋建ての建物で、明治18年に明治天皇が西国を行幸された時に、行在所として宿泊された建物で、明石市指定文化財。

梵鐘
藤原国次によって享保14(1729)年に鋳造された和鐘は全国的に少なく、こちらも市指定文化財になっています。

観音堂
「楠公一族殉国由緒観世音菩薩」と彫られた石柱の建つ観音堂です。

御本堂裏手には、広大で立派な御墓があります。

明石藩大目付 津田柳雪
幕末に明石藩を脱藩して、松石隊を結成した後彰義隊に合流し、上野戦争を戦った明石藩大目付津田柳雪の御墓

大洋漁業の創設者 中部幾次郎氏の御墓。
(マルハニチロ/明治期に播磨明石林崎漁港(明石市林崎)で、家業の鮮魚仲買運搬業を受け継いだものを源流とし、後に山口県下関市に拠点を移して、捕鯨業・トロール漁業に進出して事業を拡大されました。)

大変由緒のおありになる御寺さまで、お参りの方々の途切れることはありませんでした。お忙しい中でもご丁寧に接して頂きありがとうございました。

通称の「浜光明寺」と呼ばれているのは、町内に同名の「光明寺」真宗大谷派、月池山光明寺(朝顔光明寺)があり区別するためです。

明石市鍛治屋町5−15

光明寺のその他建物

明治天皇行在所跡碑

光明寺の仏像

阿弥陀三尊像
「為水陸横死」ご供養

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