いわやじんじゃ
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岩屋神社の御朱印・御朱印帳
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電話番号 | 078-911-3247 |
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岩屋神社
~淡路島岩屋を拝んで 東播の古大社~
御祭神 伊弉諾命
伊弉冊命
大日霎命(天照大神)
月読命
素盞鳴命
蛭子命(恵比須神)
別称 岩屋エビス (西摂大観)
六所大明神(古称)
伊和都比売神社(神名帳考證)
社格 旧懸社
旧地名 東戎町
〔播磨鑑〕大明石中ノ庄
〔特選神名牒〕当津庄中庄村
旧境内地面積 旧坪数1084坪
御由緒
成務天皇13年(143年)6月15日勅命により、淡路島岩屋より御遷になり東播の古大社とし て古くより崇敬篤く、江戸時代に入ると明石城主の産土神として尊ばれ、例年藩主自らが参拝。社領12石5斗を賜わる。
元文2年(1737年)には藩主松平直常の世継、松平直純が11歳になり「鎧始めの儀」の際に当社に 参拝。以後、世継の鎧始めの儀の際には当社への参拝が慣例となる。 明治7年2月郷社に列し、同12年7月に県社に昇格。亦当社は式内伊和都比賣神社に比定される。
(『神名帳私考』『神名帳考證』『神社覈録』『金波斜陽』による)
社殿は、明石海峡をへて淡路島に對し、社の東の明石港には淡路との連絡船が発着する。
当社の北方約300メートルを西国街道が東西に通ずる。
当社付近は古くから大明石村と称し、(慶長播磨國繪圖)市名の起源となった。
『延喜式神名帳』播磨国明石郡に載る伊和都比売神社の論社のひとつです。
創祀以来、稲爪神社、海神社と並んで東播磨地域の古大社として人々の厚い崇拝を受けてきました。特に明石城の産土神として尊ばれ、例年藩主自らが参拝する神社のひとつでありました。
元文2年(1737年)には藩主松平直常の世継ぎ直純が「鎧始めの儀」の際に当社に参拝され、以後、世継ぎの鎧始めの儀の際には当社への参拝が慣例となりました。
海上神事である「おしゃたか祭」で知られます。
おしゃたか舟
毎年7月第3日曜日には、祭神を淡路石屋神社から勧請した際の故事にちなんだおしゃたか舟神事が行われています。
「おしゃたか」とは明石の方言の「おじゃったかなぁ」がなまったもので、「神さまがいらっしゃったか」という意味です。 祭りでは、祭神6柱と、お供のおしゃたか舟(全長約2メートル)9隻を持った氏子の青年らが舟を立ち泳ぎで頭上高く掲げ「オシャタカー」と唱え、前に押し進め渡御式を行う。海難防止と豊漁を祈願する祭です。昭和50年(1975年)に明石市の無形民俗文化財に指定されました。
猿田彦神社(猿田彦命)
随神社(豊磐間戸命・櫛磐間戸命)
弓洲恵神社(武甕槌命)
粟島神社(少彦名命)
住吉神社(少童海神)
八幡神社(誉田別尊)
水分神社(水分神・瀬織津彦神・瀬織津姫神・水速女神・彦龍神・比賣龍神・豊玉比賣神・ 玉依比賣神・底筒男之命・中筒男之命・上筒男之命)
稲荷神社(稲倉魂神)
蛭子社(蛭子命)
光源氏月見の松
光源氏が月見をしたとされる松。
門かぶりの松。
明石市大久保町にある「住吉神社」の宮司さまも兼ねておられ、26社兼務されておられるとのことでした。大変お忙しそうでした。
岩屋神社さまではご子息でしょうか? ご祈祷が終わってから御朱印をお書き入れ下さいました。ありがとうございました。
兵庫県明石市材木町8―10
淡路島
ご祈祷をされていました
波模様は、火災からお守りくださるとのこと
巳さまが棲む楠
蛙さま
大黒さまもいらっしゃいました
御本殿
小鳥居⛩️
岩屋神社御朱印
真直ぐ南を見ると海と島が見えます
左(東)に明石海峡大橋
海辺に小鳥居⛩️
恵比須さまが祀られてありました
お守りは 多幸になります🐙
岩屋神社 御由緒書き
岩屋神社の御朱印・御朱印帳の写真一覧(18枚)
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