えんぎょうじ|天台宗|書写山
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楽しみ方圓教寺のお参りの記録一覧
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姫路城マラソンを走るため姫路へ行ったついでに。姫路駅のバスターミナルから書写山ロープウェイ行きのバスに乗ります。ロープウェイに乗り換えて数分で到着。ここからちょっと急な参道を約1km歩きます。マイクロバスも運行していているようです。
しばらく歩くと摩尼殿が見えました。崖の上に舞台が張り出して迫力があります。御朱印はここでいただきます。境内はさらに奥があります。少し歩くと大きな広場があり、大きな建造物がコの字に並んでいます。大講堂、食堂、常行堂です。こちらが中心部なのでしょうかね。
さらに先があります。奥の院です。境内はここまで。広い境内ですが訪れている人は少ないように思いました。御朱印が目的の方は摩尼殿で引き返しているかもしれませんね。
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過去記録
平成27年(2015年)3月21日(土)京都から姫路に出かけて姫路城と書写山を散歩。
姫路市書写の圓教寺に参拝
ロープウエイで書写山に登り、そこから歩いて圓教寺へ。
いやあ、なこなかすごいです。こんな山の上に、よくもこんなでっかい建物を建てたものだ。この書写山は、かつて豊臣秀吉が播磨攻略の拠点を築いた所だけど(「軍師官兵衛」でもやっていましたよね。)、寺の側から見ると秀吉の強奪でしかない、ということが結構正直に解説に書かれている。その書写山で「軍師官兵衛」のロケをやったというのが面白いなあ。
こちらは西国三十三ヶ所の二十七番札所で、当然観音さまがまつられているんだが、そのほかに薬師如来も有名らしい。でも、その薬師さまは、ちょっとわかりにくい所におられましたよ。
奥の院の柱の上の方には、左甚五郎作の力士像かまあって、なかなかユーモラスな表情。





西国三十三カ所観音霊場の御朱印を頂きに参りました。
2003年に作られた映画で舞台になった事でクローズアップされたお寺さんですが、丁度行ったのが2005年だったもので、「ここで渡辺謙が座っていてトムクルーズを放り出しました」と説明を受けました(笑)場所は食堂です。
聖地巡礼と思われたようです。まぁ、種類は違いますが間違いではないんですけどね(笑)
なんか今はマイクロバスが出ているようなんですが、当時はロープーウェイの駅から歩くしか道はないので、そんなに遠くもないものですからゆっくりと風景を楽しみながらやってきました。
まぁ考えてみれば、映画クルーが機材を積んで車で来たんだろうからここまで車で来れないはずはないんですよね。
お堂は大きいです。
お山の上でこれほどの堂宇があるという事は昔の人はここまで木を切って運んでこんなに大きなものを建てていたのかと思うと凄い話だなぁって感心しました。
ここに弁慶伝説があるのですが、若い頃の弁慶の短気な伝説でした(笑)
お山の上なので眺望は最高です。後日もう一度来たことがあったんですがやはり冬は雪の中に埋もれるようで、残雪がありました。
ここに歴代の姫路城城主のお墓があるのですが、「ラストサムライ」にも出てきた本田家の墓地の中に殉死した家来のお墓もあります。
その家来の中に宮本武蔵の最初の養子となった宮本三木之助のお墓もありました。


#西国三十三所 PR大使のみほとけです
札所のお寺をご紹介🙏🏻🪷
お写真は西国巡礼の運営よりお借りしたものです。
♦︎第二十七番 圓教寺
本尊 如意輪観音菩薩
兵庫県姫路市
映画「 #ラストサムライ 」のロケ地として名前が上がることがおおいでしょうか。
険しい山道を1時間登山するか
ロープウェイで登ってゆく必要がある場合
トムクルーズはホテルから境内までヘリコプターで移動した、というのは有名な話。
広大で静謐な境内には、私自身の存在のちっぽけさを感じるようです。
西国の観音様、開山の性空上人が桜の木が生きているまま彫った如意輪観音さまが祀られているのが、写真1枚目の摩尼殿。
#摩尼殿 は紅葉とのマリアージュが感動的!
さらに登ると、室町時代に建てられた重要文化財の #大講堂 #食堂 #常行堂 がドォーンと登場。
なんだか緊張感の漂う静けさを覚えるのは映画の影響なのか
1000年の規模で修行者が連綿とこの地を清め続けてきた場所だからなのか
これほどのお寺が山腹に出来上がったのは、
「花山法皇」と「性空上人(しょうくうしょうにん)」の平安時代の物語に始まります。
藤原兼家の悪い計画で無理やり出家させられた花山天皇は
1ヶ月後、この地「書寫山(しょしゃざん)」にいた性空上人を頼ります。
性空上人は
貴族の家系ながら恵まれない育ちで、
やっとの思いで出家して播磨で仏さまと向き合う修行を貫きます。
(ちなみに権力に迎合せず真面目に山で仏道に励む姿が人々の心をうち、大人気僧侶だったらしい)
花山天皇も悲しい運命の果てに出家をし、
仏道を求める心が性空上人とフュージョン。
この2人のおかげで、都からは離れた山深い地ながら
播磨を代表する寺院に発展していきます。
時代は流れ、戦国時代は戦火に巻き込まれ、明治維新の廃仏毀釈で800人以上いた僧侶はたった4人に減り、、、などの憂き目に遭います。
それでも、法灯を消さず、粛々とお寺のことを全うし、昭和には4つの伝統の行事を復活させて今があります。
この歴史を思うと、拝む手のひらにグッと力が入りますね。
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