たかとりじんじゃ
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楽しみ方高取神社のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年01月30日(金) 21時52分14秒
参拝:2026年1月吉日
パート1では神域までとなりましたので パート2では神域の紹介にさせていただきます。
鳥居から先 けっこうな段数の石段を上がります。
しかーし 登山道からすぐの方がしんどいので 体も慣れていてそんなにしんどくはありません。
御高齢の方もいらっしゃいましたが みなさん笑顔でした。
境内はもうすぐそこだと知っているからですね。
石段を上りきり振り返ると 神戸の市街地と海を見下ろす絶景が広がります。
登った~という実感が沸き上がります。
すぐの所に手水舎があり 近くには由緒書ではなく 御祭神一覧がありました。
山の神社ですが拝殿はなかなか立派です。
こちらでご挨拶。内陣は撮影しませんでした。多分NGです。
隣には境内社があり 三社の祭神は八幡大神・石切大神・蓮池ノ大神 その他神塚や小さな祠も並んでいました。
鳥居の扁額には春高大明神とありました。
他にも境内社が多くありました。
拝殿の前は展望所になっていて 神戸市街や海 はるか奈良・大和の山々も見えます。
方位板が設置されていて かわいい十二支も並んでいました。
社務所は後回しにして 奥之宮に進みます。
社務所の裏手には住居と思われる建物があります。
毎日登山するのも大変ですし 神社を管理するためにはこちらにお住まいなのでしょうね。
六甲山縦走ルートに合流し 奥之宮金高神社への石段を上がります。
これがけっこうきつい。
石段を上がり切った所に拝所がありました。
近くには境内社が複数。
さらに山頂を目指します。
途中にも境内社が複数。
山頂にも境内社と神塚が複数ありました。
全部しっかりお詣りさせていただきました。
最後にもう一度しばらく絶景を眺めて石段を下りました。
これがなかなか怖い。
最後に社務所で御朱印をいただきました。
授与品やお札などもありますが 御朱印はシンプルなものだけです。
下山しようと思ったのですが ホトカミに登録されている神社がすぐそばにあることが分かりましたので そちらに足を延ばすことにしました。
ホトカミのバージョンアップしたアプリでは 近くの登録寺社が見られるのでありがたいですね。
運営の皆様 エンジニアの皆様 ありがとうございます。
ネット情報です。
主祭神は武甕槌尊(タケミカツチノミコト) 配祀神は豊受姫命(トヨウケヒメノミコト)です。
本社直上の高取山頂(標高328.8m)一帯を奥の宮とする。
御鎮座由緒地・金高神社・猿田彦大神祠・妙見祠など多数の社祠が御鎮座。
また 本社近隣には 石切劔箭大神・八幡大神・白龍大神・竈神などが御鎮座。
創祀の源は上古より開けた当山山麓の居住民による 水利をはじめとする様々な山の恵みへの感謝や自然への畏怖であろうが 社伝によると神功皇后摂政元年に 神功皇后が三韓より御帰途に 当山を神奈備の霊地と定め給い 武甕槌尊を御奉斎なされた事をもって御創祀とする。
聖武天皇の御代 天平年間に至り 行基が兵庫築港と周辺開拓に当たり その地より仰ぎ眺められる独立峯である当山に開発守護の神として豊受姫命を奉斎。
この二柱の大神が御本社御本殿の御祭神。
当山は海上よりの目印として知られていた事から 遠近広く漁民航海者の守護神の坐す御山としての崇敬も生じた。
豊受姫命は俗に高取稲荷大神とも尊称なされ 御分霊の御鎮座は全国に亘る。
江戸時代末頃迄は旧西代村の鎮守神氏神としての性格が強かったが 明治期に入り 境内整備が進むと共に崇敬者は激増した。
昭和初期に篤志崇敬者によって山麓より御本社に至る参道舗装工事等が完成する事で 参拝の便利は増した。
鳥居から先 けっこうな段数の石段を上がります。
しかーし 登山道からすぐの方がしんどいので 体も慣れていてそんなにしんどくはありません。
御高齢の方もいらっしゃいましたが みなさん笑顔でした。
境内はもうすぐそこだと知っているからですね。
石段を上りきり振り返ると 神戸の市街地と海を見下ろす絶景が広がります。
登った~という実感が沸き上がります。
すぐの所に手水舎があり 近くには由緒書ではなく 御祭神一覧がありました。
山の神社ですが拝殿はなかなか立派です。
こちらでご挨拶。内陣は撮影しませんでした。多分NGです。
隣には境内社があり 三社の祭神は八幡大神・石切大神・蓮池ノ大神 その他神塚や小さな祠も並んでいました。
鳥居の扁額には春高大明神とありました。
他にも境内社が多くありました。
拝殿の前は展望所になっていて 神戸市街や海 はるか奈良・大和の山々も見えます。
方位板が設置されていて かわいい十二支も並んでいました。
社務所は後回しにして 奥之宮に進みます。
社務所の裏手には住居と思われる建物があります。
毎日登山するのも大変ですし 神社を管理するためにはこちらにお住まいなのでしょうね。
六甲山縦走ルートに合流し 奥之宮金高神社への石段を上がります。
これがけっこうきつい。
石段を上がり切った所に拝所がありました。
近くには境内社が複数。
さらに山頂を目指します。
途中にも境内社が複数。
山頂にも境内社と神塚が複数ありました。
全部しっかりお詣りさせていただきました。
最後にもう一度しばらく絶景を眺めて石段を下りました。
これがなかなか怖い。
最後に社務所で御朱印をいただきました。
授与品やお札などもありますが 御朱印はシンプルなものだけです。
下山しようと思ったのですが ホトカミに登録されている神社がすぐそばにあることが分かりましたので そちらに足を延ばすことにしました。
ホトカミのバージョンアップしたアプリでは 近くの登録寺社が見られるのでありがたいですね。
運営の皆様 エンジニアの皆様 ありがとうございます。
ネット情報です。
主祭神は武甕槌尊(タケミカツチノミコト) 配祀神は豊受姫命(トヨウケヒメノミコト)です。
本社直上の高取山頂(標高328.8m)一帯を奥の宮とする。
御鎮座由緒地・金高神社・猿田彦大神祠・妙見祠など多数の社祠が御鎮座。
また 本社近隣には 石切劔箭大神・八幡大神・白龍大神・竈神などが御鎮座。
創祀の源は上古より開けた当山山麓の居住民による 水利をはじめとする様々な山の恵みへの感謝や自然への畏怖であろうが 社伝によると神功皇后摂政元年に 神功皇后が三韓より御帰途に 当山を神奈備の霊地と定め給い 武甕槌尊を御奉斎なされた事をもって御創祀とする。
聖武天皇の御代 天平年間に至り 行基が兵庫築港と周辺開拓に当たり その地より仰ぎ眺められる独立峯である当山に開発守護の神として豊受姫命を奉斎。
この二柱の大神が御本社御本殿の御祭神。
当山は海上よりの目印として知られていた事から 遠近広く漁民航海者の守護神の坐す御山としての崇敬も生じた。
豊受姫命は俗に高取稲荷大神とも尊称なされ 御分霊の御鎮座は全国に亘る。
江戸時代末頃迄は旧西代村の鎮守神氏神としての性格が強かったが 明治期に入り 境内整備が進むと共に崇敬者は激増した。
昭和初期に篤志崇敬者によって山麓より御本社に至る参道舗装工事等が完成する事で 参拝の便利は増した。

この石段を上がると境内です

狐さんは右側のみでした

けっこう上らなあきません

最後の上りです

こちらには狛犬さん


皇紀2601年とありました

境内に入ってすぐ 手水舎

ひゃ~ 景色がすごい

御祭神一覧

注連柱門 先に拝殿

ちょっと顔が怖い


白塗りで怖くない


拝殿

境内社 八幡大神・石切大神・蓮池ノ大神

境内社 春高大明神など

國常立大神に続く道は閉鎖でした

境内社は他にも多数

伊勢神宮遥拝所

手水舎近くに方位板もありました

高取山と神無山の由来

十二支が並んでいました

高取神社から見える山々の紹介

奥の宮 金高神社への参道

奥之宮の石柱

奥之宮の鳥居 狭くて正面から撮れませんでした

けっこうな石段を上がります

もうちょい

金高神社拝殿

神塚が4つ

荒熊稲荷大明神

ここが最も景色の良い場所

山頂へ向かいます

末廣大明神

春日大神

金一稲荷大神

神馬もいるんです

本殿は覆屋の中

末廣稲荷大神

高取山頂の碑

猿田彦大神

神塚がいくつも

金市大明神・白玉大明神・高倉大神

もう一度絶景を眺めて

下りが怖い
すてき
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くるくるきよせん3150投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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