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神戸水天宮ではいただけません
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神戸水天宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年11月22日(月)
参拝:2021年11月吉日
神戸市のやや高台に鎮座する神社です。
googleマップを見ていてたまたま見つけて、初めて参拝させていただきました。
大きな神社ではありませんが、とてもきれいなところでした。
歴史的には浅いようですが、宮司様は女性の方で、他にも女性お二人がいらっしゃり、とてもアットホームな雰囲気でした。
この日は七五三詣のご家族がいらっしゃりご祈祷後の歓談をされていたのですが、御朱印をお願いしたところ快く引き受けてくださり、御朱印を待つ間お茶をいただきました。
宮司様はじめ皆様とても心遣いが優しく、自然と笑顔になれる神社でした。
いただいたパンフレットより御由緒を記載させていただきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
水天宮の御祭神 天水幸霊大元水天宮と称え奉る我国最古の神
天御中主神は萬物創造の神といわれ、安産の神として御徳を御顕現されています。
また、安徳天皇は御年幼くして『源平の戦』の犠牲となられ壇ノ浦に入水され、時勢の不遇に大変ご難儀あそばれされましたが、世を憤り給うことなく、却って尊い身をもって御生母 建礼門院、御祖母 平従二位時子と共に人々の苦難を救わんとされ、水難、商業、商業、農業、漁業、病気、火災、航海等の除災招福、子どもの守護神として御徳を御顕著されています。
古より御神徳を仰ぐ参拝者で賑わいます水天宮を、この地にお迎えすることになりましたのは、大正三年一月、初代宮司 西學治が、福岡県久留米市にある全国総本宮 水天宮に参詣の際、社頭に於いて不思議なことがあり『由緒深き神戸に御尊霊を迎え、各位の家門と子孫を益々盛んに繁って、共に神人連絡の実を挙げん』と期し、
大正三年九月、水天宮講社設立を兵庫県知事に出願、同年十月に許可を得て、初代宮司が中心となり、水天宮を崇敬、敬慕する人々の至情厚きをもって、総本宮より
大正四年七月、勧請いたしました。 はじめは、兵庫区夢野町の熊野神社内に奉斎されていましたが、(当時、西學治は熊野神社 社掌であった)その後、関東大震災等の時勢の中、艱難辛苦を乗り越え、多くの方々のご尽力を得て、
大正十一年十月、現在の場所に御神縁をいただき、仮本宮を建立して遷宮し、
大正十二年四月、本宮に遷御され神戸水天宮として鎮祭されました。
当宮の鎮座する天神山は『神代の頃に事代主神が天より降りてこられた』との言い伝えがあり、別名宇奈弖丘(うなでのおか)と称え、遙か泉州沖を望む眺めの良い神聖な土地として守られてきた山だったそうです。
現在の長田区長田天神町は、当時、長田村字天神と表記されていました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
御祭神
天御中主神
安徳天皇(第八十一代)
建礼門院(高倉天皇の中宮、安徳天皇の母君 徳子)
平従二位時子(安徳天皇の御祖母、建礼門院の母、平清盛の妻)
googleマップを見ていてたまたま見つけて、初めて参拝させていただきました。
大きな神社ではありませんが、とてもきれいなところでした。
歴史的には浅いようですが、宮司様は女性の方で、他にも女性お二人がいらっしゃり、とてもアットホームな雰囲気でした。
この日は七五三詣のご家族がいらっしゃりご祈祷後の歓談をされていたのですが、御朱印をお願いしたところ快く引き受けてくださり、御朱印を待つ間お茶をいただきました。
宮司様はじめ皆様とても心遣いが優しく、自然と笑顔になれる神社でした。
いただいたパンフレットより御由緒を記載させていただきます。
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水天宮の御祭神 天水幸霊大元水天宮と称え奉る我国最古の神
天御中主神は萬物創造の神といわれ、安産の神として御徳を御顕現されています。
また、安徳天皇は御年幼くして『源平の戦』の犠牲となられ壇ノ浦に入水され、時勢の不遇に大変ご難儀あそばれされましたが、世を憤り給うことなく、却って尊い身をもって御生母 建礼門院、御祖母 平従二位時子と共に人々の苦難を救わんとされ、水難、商業、商業、農業、漁業、病気、火災、航海等の除災招福、子どもの守護神として御徳を御顕著されています。
古より御神徳を仰ぐ参拝者で賑わいます水天宮を、この地にお迎えすることになりましたのは、大正三年一月、初代宮司 西學治が、福岡県久留米市にある全国総本宮 水天宮に参詣の際、社頭に於いて不思議なことがあり『由緒深き神戸に御尊霊を迎え、各位の家門と子孫を益々盛んに繁って、共に神人連絡の実を挙げん』と期し、
大正三年九月、水天宮講社設立を兵庫県知事に出願、同年十月に許可を得て、初代宮司が中心となり、水天宮を崇敬、敬慕する人々の至情厚きをもって、総本宮より
大正四年七月、勧請いたしました。 はじめは、兵庫区夢野町の熊野神社内に奉斎されていましたが、(当時、西學治は熊野神社 社掌であった)その後、関東大震災等の時勢の中、艱難辛苦を乗り越え、多くの方々のご尽力を得て、
大正十一年十月、現在の場所に御神縁をいただき、仮本宮を建立して遷宮し、
大正十二年四月、本宮に遷御され神戸水天宮として鎮祭されました。
当宮の鎮座する天神山は『神代の頃に事代主神が天より降りてこられた』との言い伝えがあり、別名宇奈弖丘(うなでのおか)と称え、遙か泉州沖を望む眺めの良い神聖な土地として守られてきた山だったそうです。
現在の長田区長田天神町は、当時、長田村字天神と表記されていました。
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御祭神
天御中主神
安徳天皇(第八十一代)
建礼門院(高倉天皇の中宮、安徳天皇の母君 徳子)
平従二位時子(安徳天皇の御祖母、建礼門院の母、平清盛の妻)
すてき
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