くまのじんじゃ
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楽しみ方熊野神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月14日(火) 19時29分06秒
参拝:2026年3月吉日
夢野熊野神社は神戸市兵庫区にある神社です。
立江寺の境内から町を見下ろした時に こんもり社があったのでそちらに向かいました。
こんもり社はたいてい神社であることが多いからです。
正解!夢野熊野神社でした。
ごんげんさんとも呼ばれるようです。
鳥居は南側と東側にありました。
おそらく正面南側の鳥居が正しい参拝ルートだと思い 南側から入らせていただきました。
立派な本殿・拝殿の前には注連柱門がありました。
中を見ますと これまた立派です。
本殿前には紙垂もいくつか見られます。
この日いちばん立派な本殿です。
パンパン!ご挨拶。
境内には境内社が3つ。
本殿横の稲荷神社は朱色の鳥居が目立ちます。
荒木稲荷大神でした。
朱色の木の鳥居に注連縄がかけられていました。
本殿は覆屋の中で 小さな提灯がたくさん下げられていました。
提灯がたくさん下げられていると 賑やかで私は好きです。
境内北側には注連縄のかけられた石の鳥居がありました。
こちらは大神宮社でした。
ご祭神は天照坐皇大怨神でした。
こちらの鳥居は 正徳四年(1714)に建てられた 300年前のものだそうです。
同じく北側には霊安殿もありました。
ご祭神は当神社に功労のあった神社宮司・総代・役員・世話人の霊と支那事変・大東亜戦争に出征し戦傷病没勇士の霊だそうです。
境内には他にも力石がありました。
これを持ち上げるのは絶対に無理です。
上半分が御詠歌の碑になっているので 台座だけが力石なのかもしれません。
境内をぐるっと巡り参拝をすませてから社務所へ。
こちらでは夢野八幡神社のご朱印もいただけました。
知らなかったからラッキーでした。
ネット情報です。
主祭神は伊弉諾命(イザナギノミコト)
配祀神は伊弉冊命(イザナミノミコト)
平清盛が福原遷都の際 皇城鎮護の神として 後白河法皇のご崇敬の厚い熊野権現を勧請し この地に祭祀した。
然し まもなく京都に還幸になったので地元夢野の住人が産土神して尊信し 縁結び 福徳延命 事業創設の祖神として ご神徳を仰ぎ 現在に至ったと伝えられる。
古くから東向の権現さんと呼ばれ 地元の人から尊崇されて来たが 大正14年(1925)半ば 氏子地区が南北に開けて来た為 南向の社殿を造り 皇大神宮社・天照坐皇大神を祭祀したが 昭和20年(1945)3月 戦災により焼失した。
その後漸時 旧東向社殿に祭祀されたが 再度南向に仮社殿が出来 次々増築され一応の形態をなして居たが 昭和46年(1971)5月 由緒に基づく東向の旧社殿の位置に 総檜流れ造銅板葺16.12坪の現社殿を建立し 境内整備を完了した。
境内整備の為移築された旧社殿は 平成7年(1995)1月の阪神淡路大震災で倒壊したため撤去されたが 当神社で最も古い建物で 「熊野大権現宮栄永久五穀成就 村中繁昌吉祥 天保十巳亥年四月二十一日上棟」の棟札があり その正面に「権現宮 正徳第四申午年正月吉辰」の石鳥居が現存する。
立江寺の境内から町を見下ろした時に こんもり社があったのでそちらに向かいました。
こんもり社はたいてい神社であることが多いからです。
正解!夢野熊野神社でした。
ごんげんさんとも呼ばれるようです。
鳥居は南側と東側にありました。
おそらく正面南側の鳥居が正しい参拝ルートだと思い 南側から入らせていただきました。
立派な本殿・拝殿の前には注連柱門がありました。
中を見ますと これまた立派です。
本殿前には紙垂もいくつか見られます。
この日いちばん立派な本殿です。
パンパン!ご挨拶。
境内には境内社が3つ。
本殿横の稲荷神社は朱色の鳥居が目立ちます。
荒木稲荷大神でした。
朱色の木の鳥居に注連縄がかけられていました。
本殿は覆屋の中で 小さな提灯がたくさん下げられていました。
提灯がたくさん下げられていると 賑やかで私は好きです。
境内北側には注連縄のかけられた石の鳥居がありました。
こちらは大神宮社でした。
ご祭神は天照坐皇大怨神でした。
こちらの鳥居は 正徳四年(1714)に建てられた 300年前のものだそうです。
同じく北側には霊安殿もありました。
ご祭神は当神社に功労のあった神社宮司・総代・役員・世話人の霊と支那事変・大東亜戦争に出征し戦傷病没勇士の霊だそうです。
境内には他にも力石がありました。
これを持ち上げるのは絶対に無理です。
上半分が御詠歌の碑になっているので 台座だけが力石なのかもしれません。
境内をぐるっと巡り参拝をすませてから社務所へ。
こちらでは夢野八幡神社のご朱印もいただけました。
知らなかったからラッキーでした。
ネット情報です。
主祭神は伊弉諾命(イザナギノミコト)
配祀神は伊弉冊命(イザナミノミコト)
平清盛が福原遷都の際 皇城鎮護の神として 後白河法皇のご崇敬の厚い熊野権現を勧請し この地に祭祀した。
然し まもなく京都に還幸になったので地元夢野の住人が産土神して尊信し 縁結び 福徳延命 事業創設の祖神として ご神徳を仰ぎ 現在に至ったと伝えられる。
古くから東向の権現さんと呼ばれ 地元の人から尊崇されて来たが 大正14年(1925)半ば 氏子地区が南北に開けて来た為 南向の社殿を造り 皇大神宮社・天照坐皇大神を祭祀したが 昭和20年(1945)3月 戦災により焼失した。
その後漸時 旧東向社殿に祭祀されたが 再度南向に仮社殿が出来 次々増築され一応の形態をなして居たが 昭和46年(1971)5月 由緒に基づく東向の旧社殿の位置に 総檜流れ造銅板葺16.12坪の現社殿を建立し 境内整備を完了した。
境内整備の為移築された旧社殿は 平成7年(1995)1月の阪神淡路大震災で倒壊したため撤去されたが 当神社で最も古い建物で 「熊野大権現宮栄永久五穀成就 村中繁昌吉祥 天保十巳亥年四月二十一日上棟」の棟札があり その正面に「権現宮 正徳第四申午年正月吉辰」の石鳥居が現存する。

ごんげんさんとも呼ばれます

南側の鳥居

手水舎

本殿・拝殿

内陣

境内社 荒木稲荷大神の鳥居

本殿

境内社 大神宮社の鳥居

狛犬さんは新しい


奥に古い狛犬さん


本殿

祭神は天照坐皇大御神

力石

霊安殿の鳥居

祭神は当神社に功労のあった神社宮司・総代・役員・世話人の霊と支那事変・大東亜戦争に出征し戦傷病没勇士の霊

本殿

即位大典記念碑
すてき
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くるくるきよせん3358投稿
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