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八多神社のお参りの記録一覧
兵庫県 二郎駅

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きどっち
きどっち
2022年10月01日(土)1553投稿

神戸市北区に鎮座する神社です。

創建年は不詳のようですが、歴史の古い神社であることは確かなようです。
境内の由緒書によると、物部連守屋が社殿を建てたのがはじめとされ、延喜(901~922年頃)に、稲荷大神を配祀、その後十三社を合祀し、惣社とも十五社とも称したとのこと。

また八多神社のHPには以下のように記されていました。

『八多は古くは「幡多」と記され、「秦氏の居住地であった」「攝津の端の地である」「機織りに関係がある」「畑である」等、諸説があり、定かでない。
古い記録によると、三十一代用明天皇の時、物部守屋が六甲の嶺より遥か西北に杉・檜の森を望み、神霊の宿る聖なる杜であると信じ訪ねたところ、樵がいて、「天照大御神は神代の昔からこの杜に鎮座され、神功皇后に付き添って三韓を親征し、皇后は神のおしえに従いお祀りになった」と告げた。
守屋は斎戒し謹んでお祀りし、神のお告げを受け、殿舎を建て荘田を献じた。
(『幡多明神御由来記』文亀三年 神祇大副卜部兼具撰)

その後、延喜の朝、神誨によって稲荷大神を奉祀し、さらに十三社を合祀した(その後、惣社、十五社とも呼ばれる)。歴朝、大社に準じて崇められ、即位、大嘗、祥瑞、災害等、いやしくも事があればすぐ使いを遣わして祭告し、祈謝された。
(『明神分霊記』明應元壬子八月朔別当明王院清順記)

弘安四年、元が我が辺境を冠し、朝命により調伏を祈る。結願の日、大風雨で賊艦漂蕩、皇兵勢に乗じて追撃し磯部に敵を亡ぼした。
永延の頃、三条古鍛冶宗近は夢での神の教によって鋭利な刀を造り奉納した。
天慶の乱では、参議忠文は先ず当社に詣で、霊矢で手ごわい相手を倒した。
源頼光は大江山の賊追悼の途、九郎義経は一ノ谷に向かうに当たり、当社に詣でた。
(『八多明神霊現記』天文二年 卜部兼右)

最近では、明治四十二年五月に近隣の九つの神社を合祀した。』

義経もここに詣でていたのかと思うと感慨深いものがありますね。
この辺りは北神のパワースポットと呼ばれるだけはあります。

またこちらのHPに宮司様の紹介が載せられているのですが、最初に顔写真を見たときに「どこかでお見かけしたような・・・」と思って文面を読んで納得。
こちらの宮司様は有馬温泉の湯泉神社宮司を兼務しており、通常は湯泉神社のほうに詰めていらっしゃるようです。

ネットで調べるとこちらの御朱印もあるようなのですが、社務所はご不在でした。
もしかしたら湯泉神社にてお願いすればいただけるのかもしれません。

八多神社の鳥居

一の鳥居

八多神社の鳥居

二の鳥居
あれ?拝殿は?と一瞬思ってしまいますが、
奥に進む石段があります

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