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楽しみ方木曽三社神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2019年09月24日(火) 20時46分37秒
木曽義仲の没後、その遺臣らは一時木曽の谷にいたが、頼朝の詮議が厳しいので木曽は安全な隠れ場所ではなくなった。この時、木曽氏の信仰していた三社の神社の神官であった高梨南学院という人が、三夜続けて不思議な夢をみた。それは早くこの神を東の方の安全な地に遷せよという神託だった。
そこで遺臣らが相談した結果、神体を七重の箱におさめて東国へと旅立つことになった。和田碓氷の峠を越えて利根川の辺までたどり着いた時、ある平和な村があった。そこに神をまつろうとすると土地の人が怪しんで「その箱は何だ。」と尋ねると「只の箱だ。」と答えた。今、その土地を箱田と言う。
しかし神の御告は更に今一度ここを立ち去るようにと下ったので、また人々は旅に出たが今度は半日にして利根川東岸の山中のある清い泉の所に着いた。ここで人々は休息したが、その時、御神体の箱をとある石の上に降ろしたところ、不思議なことに人々が再び出かけようとすると箱は石に固く着いてしまって動かなくなった。大騒ぎして持ちあげようとしたが無駄だった。ということでその場所(現社地)に祀り木曽一族の祈願所としたのが当社であるという。
その後は関東管領上杉氏、白井城主長尾氏、歴代の前橋城主の崇敬が厚く、神田の寄進や社殿の修復等が行なわれたそうです。
そこで遺臣らが相談した結果、神体を七重の箱におさめて東国へと旅立つことになった。和田碓氷の峠を越えて利根川の辺までたどり着いた時、ある平和な村があった。そこに神をまつろうとすると土地の人が怪しんで「その箱は何だ。」と尋ねると「只の箱だ。」と答えた。今、その土地を箱田と言う。
しかし神の御告は更に今一度ここを立ち去るようにと下ったので、また人々は旅に出たが今度は半日にして利根川東岸の山中のある清い泉の所に着いた。ここで人々は休息したが、その時、御神体の箱をとある石の上に降ろしたところ、不思議なことに人々が再び出かけようとすると箱は石に固く着いてしまって動かなくなった。大騒ぎして持ちあげようとしたが無駄だった。ということでその場所(現社地)に祀り木曽一族の祈願所としたのが当社であるという。
その後は関東管領上杉氏、白井城主長尾氏、歴代の前橋城主の崇敬が厚く、神田の寄進や社殿の修復等が行なわれたそうです。
すてき
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群馬県在住です。 桐生のお寺散策マップ54カ寺回りきりました。桐生市仏教会のホームページで寺歴が確認できるのでより詳しく知ることができました。桐生市仏教会に感謝いたします。もっと読む
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