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けいとくじ|曹洞宗佛種山

慶徳寺の御由緒・歴史
群馬県 篠塚駅

ご本尊《本尊》阿弥陀如来
《霊場本尊》大黒天
創建時代天正元年(1573年)
開山・開基鉄翁霜金和尚
ご由緒

まず当地には正伝寺という寺院があったが、石打城の落城の際に焼失。
天正元年(1573年)鉄翁霜金和尚によって正伝寺の跡に慶徳寺が開山。
山門は開山時に創建されたもので、邑楽町で最古の建築物。
江戸時代中期の享保十年(1725年)に慶徳寺が火災に遭い諸堂宇を焼失するも、この山門だけは災禍を免れる。
平成二十五年(2013年)に、江戸時代中期の享保年間以来二百八十五年ぶりに本堂を建て替え。
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【慶徳寺山門】
二階建て造の楼門で、大きさ間口5.2 m、奥行3.3 m、高さ7m。
屋根はもともと茅葺であったものを昭和二十七年(1952年)に銅板に葺き替え。
楼門内部は回廊式となっており、柱には唐獅子と象の彫刻が左右に一対ずつ飾られている。
中央には「閻王殿(えんのうでん)」と書かれた扁額が掲げられ、台上には閻魔大王を中心として十王の彩色座像が安置されている。
閻王殿というのは、冥府(冥土)にあるという閻魔大王の宮殿の事であり、死者の現世における善悪の業因によって、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六道の内、来世はいずれの世界に生まれ変われるかを、裁くところだと云われている。
鎌倉時代から室町時代と、うち続く戦乱と現世に生きる苦難から、来世往生を深く願う人々によって、十王信仰が広く世の中に行われた。慶徳寺山門に閻王殿が作られたのもそのような背景によるものと思われます。
今でも人が亡くなると七日ごとに七回墓参りを行い、百か日、一周忌、三周忌の供養をし、故人の冥福を祈る習慣があるのはこの十王信仰の名残といえます。
平成六年(1994年)三月に町指定重要文化財に指定。

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