こうおんじ|高野山真言宗|赤岩山
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光恩寺の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 電話番号 | 0276-86-2157 | ||
最新の御朱印・御朱印帳の投稿

群馬県 邑楽郡 千代田町 赤岩 に境内を構える、赤岩山 光恩寺、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます。群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、寺院対応も丁寧でした、2024.1に北関東不動尊霊場にて参拝致しました、国家試験女性医師第一号、荻野吟子の生家が隣接して在る寺院、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 赤岩山、寺号 院号は光恩寺、宗旨 宗派は 高野山 真言宗、ご本尊は 不動明王、関東九十一薬師霊場 第四十番札所、関東百八地蔵尊霊場 第二十一番札所、北関東三十六不動尊霊場 第十一番札所、赤岩不動尊、光恩寺の創建は雄略天皇が兄である穴穂皇子(安康天皇)のために建てられた全国九ヶ寺の一つとされます。その後一時衰退しますが弘仁5年(814)に真言宗の開祖弘法大師空海が再興、元亨元年(1321)には後醍醐天皇が兵火で焼失した堂宇を宇都宮氏に命じて再建し700石の寺領を寄進しています。江戸時代に入ると幕府から庇護され慶安元年(1648)には徳川家光から寺領を安堵されています。何度か火災に見舞われ現在の本堂は明治5年(1872)に再建されたもので、長屋門、庫裏、客殿、石蔵が国登録有形文化財に指定されています。
光恩寺長屋門は江戸時代末期に造営され、明治20年(1887)に荻野吟子(他にも何人か女医は居ましたが、国家試験女性医師第一号)の生家の表門として移築されたもので、木造平屋建て、寄棟、桟瓦葺き、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、建築面積83㎡、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」との登録基準を満たしている事から平成11年(1999)に国登録有形文化財に登録されています。
光恩寺庫裏は江戸時代末期に豪農の主屋として造営され、明治20年代に移築されてきたもので、木造平屋建て、切妻、桟瓦葺き、妻入、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、「造形の規範となっているもの」との登録基準を満たしている事から平成11年(1999)に国登録有形文化財に登録されています。
光恩寺書院は明治時代後期に造営されたもので、木造平屋建て、切妻、桟瓦葺き、平入、建築面積62㎡、平成11年(1999)に国登録有形文化財に登録されています。光恩寺石蔵は昭和8年(1933)頃に造営されたもので石造2階建て(大谷石採用)、切妻、桟瓦葺き、平入、建築面積40㎡、平成11年(1999)に国登録有形文化財に登録されています。
光恩寺は寺宝も多く鎌倉時代初期に制作された阿弥陀三尊像や文永8年(1271)に建立された地蔵画像板碑、元禄元年(1703)の銘がある梵鐘などを所有しています。光恩寺は関東屈指の真言宗の古刹として信仰を広めもなっています

赤岩山 地蔵院 光恩寺
平成31年に参詣しました。
堂内の大きな龍の天井画が大迫力でした!!

北関東三十六不動尊霊場
第十一番
赤岩山 地蔵院 光恩寺
(赤岩不動尊)
御詠歌
はちす葉の 露の垂る木を
白砂の 玉かと磨く 寺づくりから
北関東不動尊の納経帳にいただいた御朱印です。

三十六不動尊の軸にいただいた御朱印です。
光恩寺の御朱印・御朱印帳コレクション全22枚
御朱印
22枚






















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