うきしまべんざいてん
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楽しみ方浮島辨財天のお参りの記録一覧
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3月中頃からやっと出掛ける気力が戻ってきて、そろそろ活動再開しようか?😓と考え始めました。
一応、この少し前に毎年恒例の一瓶塚稲荷の初午だけは行ったのですが、内容はこれまでとあまり代わらないので割愛❌ 今回は純粋に祭りをエンジョイしようと思い写真も一切撮らなかった📷️📵
(御朱印も通常印・萌え朱印ともに昨年とデザインがほぼ同じだったため受印もせず(通常印にキツネの小印が追加されたが🦊)御札だけ2年振りに更新しました)
さて、そうこうしてるうちに桜の開花時期に。多々良沼も桜の名所だし、まだ未踏の浮島弁財天に行ってみようと思い立つ🌸
実は10年くらい前まで足利でも多々良沼のすぐ近くの高松町という所に住んでたのですが、当時は寺社に興味もなかったので「浮島弁天?あんなんただの無人社だべ😒💨」と軽んじてて一度も来たことがなかった😅
浮島弁財天と鶉古城は太平記ゆかりの地。
足利荘や新田荘のすぐ近くだし、たぶん尊氏公か義貞公に関係あるのだろうと思ってたのですか、調べてみたら意外なことに鎌倉北条氏側ゆかりの地だった!?😳
開基の北条泰家とその郎党は、新田の負傷兵を装って鎌倉から奥州に落ち延びようとしたとのことなので、危険を承知であえて敵の領土近くを通ったというのもあり得るかと思いますが・・・よく1年も留まって築城までできたものだな💧🏯
多々良沼はたぶん昔はもっと広大な湿地が広がってたと思うので、すぐ近くでも足利や新田の兵が容易に手が出せない、水滸伝の梁山泊みたいなところだったのかもしれません。
最終的に北条氏は滅びてしまいますが、後の戦国の世に"もう一つの北条氏"である後北条氏が関東制覇で帰還。
北条氏と後北条氏に血縁的な繋りはないそうですが、何か北条の怨念とか執念のようなものがここに結実したようでロマンを感じますね🌟

御朱印覚醒初期のころに恩林寺には行っててちゃっかり受印だけはしてたり😅
令和2年か・・・6年越しで参拝義務を果たせましたわ🙏💦

神社直近まで車で入れないので、やや離れた多々良公園に駐車
まだ3~4部咲きでしたが咲いてました🌸








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