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長良神社(邑楽町赤堀)
群馬県 成島駅

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長良神社(邑楽町赤堀)について

群馬東部・埼玉北部の利根川中流域に数多ある長良神社の一社
藤原長良が退治したという大蛇にまつわる伝承が伝わる

写真

長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
ちょい役ですが、館林の尾曳稲荷神社を創建した赤井照光も伝承に出てくるので、尾曳稲荷様とコラボさせましたw まぁ尾曳稲荷は老人らしいけどね😅 ちなみに赤井照光が小狐を助けたのは赤堀の東隣にある近藤沼付近
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
大蛇川と人柱伝説のイメージ🐍
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
ここでちょっと神社の軒下を借りて遅めのお昼を取らせてもらいました😅 時期的にちょうどタケノコご飯炊いたので、それをおにぎりにして持ってきた🍙w
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
本殿脇に布袋像と首の取れた観音像
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
ここも本殿は完全覆屋式で中は見れず
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
額は「長良祠」となってますね
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
拝殿を拝みます🙏
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
合祀社の隣に神明宮 なぜかベンチに布袋像w
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
境内右側には合祀社 左から諏訪社・山神社・八坂社・愛宕社・天神社・八幡社
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
右の摂社には紅白の幣束が祀られてる こちらは稲荷社らしい🦊
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
その右側の摂社群 奥のフェンス向こうには用水路があり、おそらくこれが流路を変えた大蛇川の名残かと
長良神社(邑楽町赤堀)(群馬県)
境内左側の摂末社群 台上の摂社は、祠の方の社名は崩れて読めませんが、右の石神には「喜代妃霊」とあり 検索しましたが何の神様かわからず💫 何となくですが、宮司とその妻の神葬墓、もしくは御嶽講や富士講などの行者霊神碑ではないかと思います ・・・または大蛇の犠牲になった娘の一人か?💧
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長良神社(邑楽町赤堀)の基本情報

名称長良神社(邑楽町赤堀)
読み方ながらじんじゃ
通称長良様

詳細情報

ご祭神《主》藤原長良
《合》建御名方命・素盞嗚命・菅原道真・大山祇命・火産霊命・誉田別命・大日霊命・奥津彦命・奥津姫命・保食神・倉稲魂命
《摂末社》秋葉神社・稲荷神社・喜代妃霊・他
《諸尊》大蛇
創建時代不詳
創始者不詳
ご由緒

神社自体の由緒は資料が見つからず不明。
邑楽郡に点在する長良神社には、藤原長良が瀬戸井沼(千代田町)に巣食っていた大蛇を退治し、その身体を十八に切り分けて各地に鎮め、それに感激した里人が長良様を祀るようになったという「十八長良」という伝承があり、ここも十八長良の一社の可能性が高い。
この神社の脇にある農道はかつては「大蛇川」と呼ばれる大きな川であったと伝えられ、藤原長良自身は登場しないものの、いくつか大蛇伝説が伝わっている。
――――――――――
其の昔、長良神社東に大蛇川という名の大きな流れがあった
この川は鞍掛山の北側の神谷という芦原の水を呑み込む、長さ約三町、川幅最大約数十間程、南東の方向に流れて鳥内の水田を潤す水源となっていた
又、此の川には大薬(大墓?)長良前に人柱の橋が架けられたという言い伝えも残っている
今此所に伝説の主 大蛇を蘇らせて此処に祀る
(神社内の大蛇像の案内板より)
――――――――――
赤堀に、享録二年(1529年) 青柳城主の赤井照光が出張りを設け、配下の橋本新蔵に守らせたという橋本館があり、そこには大きな外堀がありました。
外堀は幅が広いところでは五間半以上(約10m)もあり、木立に覆われ所々陽が差しますが、幅はだんだん狭くなり、やがてカヤやカツモが生い茂った中を幅一間(約1.82m)くらいで流れ、まもなく赤岩から赤堀への橋の下を通り橋場川へと流れました。
その堀のカヤやカツモが茂り、右手に明王院が見える所にはお伊勢様が祀られていました。お伊勢様はそばまで行かなければわからないような小さな祠でした。
その辺りは川幅も少し広くなり、よくフナやザッコが釣れました。しかしそこには大蛇がいるというので、魚釣りに近寄る人は少なかったのです。
あるとき一人の釣り人が「大蛇なんているはずがない。そんなことは嘘だ」と言って、茂ったカヤの中に入っていきました。
ところがすぐに真っ青な顔をして、ものも言わずに帰ってきて、そのまま三、四日寝込んでしまいました。
後で聞いた話では、その人は大蛇を見たのだそうです。とぐろを巻いていたので長さはわからないが、太さは一升瓶くらいあったそうです。
その大蛇が鎌首をもたげて釣り人をグッとにらんだその目の光に、思わず腰が抜けて口も聞けなくなったそうです。
(広報おうらより 一部編集)
――――――――――
【人柱伝説】
上記の話に「人柱の橋」というのが出てくるため、後の話の橋場川は大蛇川と同一か、または支流と思われる。
館林には、大雨の度に橋が流されてしまうので娘が自ら人柱となったという「長良の人柱」という伝承があり、その娘が詠んだ「雉も鳴かずば射られまい 口ゆえの長良の人柱 わが父は」という辞世の歌が伝っているという。
また、藤原長良が大蛇を切り分けて配った「十八長良」は、大蛇の生贄あるいは犠牲となった娘達の居た地であるとも伝わる。
――――――――――
※赤井照光 戦国時代の館林領主。後に子狐を助けた恩返しで館林城を築く(尾曳稲荷神社)
※橋本館とお伊勢様の祠の場所は不明。

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