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じょうらくじ|真言宗豊山派紫雲山

常楽寺のお参りの記録一覧
群馬県 木崎駅

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2026年06月04日(木)760投稿

群馬県 館林市 木戸町に境内を構える、光明山 無量院 常楽寺、別称は願かけ不動尊、ぽっくり不動で有名、数々の歴史在る建造物は見応えが在ります、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、2024.に 新上州三十三観音霊場、関東八十八ヶ所霊場等で参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 光明山、院号は 無量院、寺号は 常楽寺、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 不動明王、関東八十八ヵ所霊場 第十五番札所、関東百八地蔵尊霊場 第十九番札所、新上州三十三観音霊場 第八番札所、
常楽寺は、年代は不詳であるが寺伝によれば開山は 法相宗の 行基(ぎょうき)大僧正(日本で最初の大僧正位につく。東大寺の「四聖」の一人に数えられている。)と云われ、その奈良時代以来次いで十二代伝承されています。鎌倉時代後期の弘安三年(1280年)には、法流(拝み方の流派)としては 関東一円に広まった醍醐寺 三宝院流意教方の支流、下野 鶏足寺 意教流慈猛方の末寺であった。現在は 館林市 木戸町であるが、もともとは 足利荘木戸郷であり足利四ヵ檀林の一寺で十八ヵ寺の中本寺であった。このように慈猛(じみょう)流の密宗法灯を継承。宥尊上人を以って法流根本開基して真言宗に属し、後に耀朝法印、そして江戸時代中期の元禄三年(1690年)に慧印法印などが中興したと伝えられている。本堂には空阿上人慈猛(じみょう)の等身大の像がまつられる。山門をくぐり正面には江戸時代中期の享保二年(1717年)に第二十二世恵海和尚が建立した茅葺屋根の阿弥陀堂があり、また、山門を入った右手には享保十一年(1726年)像立の地蔵菩薩があり、通称「やきもち地蔵」と云われております。「やきもち地蔵」の発願主は、第二十二世恵海上人でこの巨石の半伽座延命地蔵尊像で、台座に仏説延命経の枢要文言を刻み、代受苦の心を表す「すまぬ」という反省、「ありがたい」という報恩感謝、「きのどく」という真実慈悲、これぞ苦悶代受の大悲大慈はお地蔵さんの心であります。ことに妄想に纏われた老若男女が、やきもとをやいたり、やかれたりのなまめかしい苦悩は昔も今も同じことで「やきもち地蔵」の方便慈悲によって霧散霧消すると堅く信心されてきたのである。つまり、煩悩に左右された男女間のやきもちを解消してくれるというのである。
信者は願いが叶ったら、お礼に餅を焼いてお地蔵さんに供物とし、お礼参りをするのが習わしとなっています。また、伝説によるとこの男地蔵(やきもち地蔵)が、500ⅿ北にある深諦寺の女地蔵(日限地蔵)に恋をして夜になると矢場川の土手伝いに夜遊びに行くというので、住職や寺の世話人が地蔵の周囲に頑丈な柵を作って外出を阻止したという。それ以来夜遊びが無くなったので檀家の人たちには団子の他に焼き餅をあげて供養したと云います

常楽寺の御朱印

関東八十八ヵ所霊場 第十五番札所、不動明王、御朱印です

常楽寺(群馬県)
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