じゅうりんじ|高野山真言宗|延命山
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楽しみ方十輪寺のお参りの記録一覧
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群馬県 太田市 新井町 に境内を構える、延命山 福寿院 十輪寺、2024.に関東八十八ヶ所霊場で参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼しております、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 延命山、院号は 福寿院、寺号は 十輪寺、宗旨 宗派は 高野山 真言宗、ご本尊は 愛染明王、関東八十八ヶ所霊場 第十一番札所、上州新四国八十八ヵ所霊場 第七十六番札所、山門を入ると正面に鉄筋コンクリート造り銅葺朱塗りの本堂がある。その右手には、関東霊場の開創にともなって建立された宝形造り、銅葺の二間四面の大師堂があり、内陣には木造の弘法大師像が祀られ、堂の正面には関東八十八ヶ所霊場の看板が掲げられています。また、左手側には、かつての本堂でありもと御本尊の延命地蔵菩薩がが祀られている地蔵堂(護摩堂)が、その隣には聖天堂があり、諸堂が整備されています。 十輪寺は、鎌倉時代初期の建久年間(1190-1199)に新田 義房(にった よしふさ、新田氏本宗家の3代総領。)の二男である新井禅師覚義(あらい かくぎ、新田義貞の4代前の祖、新田政義の弟)の開山と伝えられています。そのため寺紋は新田氏の「丸中黒」で、寺は同村鎮守八幡宮の別当を務め江戸時代の頃は新義真言宗に属していました。
ちなみに、江戸時代中期の旗本・政治家・朱子学者である新井白石(あらい はくせき)は義房の子・新井覚義の末裔とされ、新井氏の発祥地は新田郡新井村(群馬県太田市)とされています。その後に起きた火災により堂塔・史料・什物類等を悉く焼失し、僅かに江戸時代中期の延享二年(1745年)の銘のある、僧・栄弁の頃の宝筐院塔が往時をしのぶ唯一のものとして残っています。
江戸時代末期から明治時代の頃は他寺の兼務となっていましたが、昭和になって先代である前住職の代になり、昭和五十四年(1979年)に本堂が建立され、その本堂の中には愛染明王が祀られています。また、昭和五十五年(1980年)には庫裡及び客殿が建立され、寺容が整えられました

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