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しょううんじ|曹洞宗瑞龍山

祥雲寺の御朱印・御朱印帳
群馬県 新桐生駅

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たかく
たかく
2019年10月27日(日)133投稿

室町戦国時代も終わろうとする頃、高橋丹波守橘英元は父政種と弟政直と共に、丹波の国から関東足利に下向し、由良氏に仕えていた。そして由良氏の桐生占領後は、広沢村にも地を賜っていた。その後、由良氏は小田原城での敗戦の後、常陸国牛久へ転封させられ、家臣の大部分は武士の身分を捨てて土着を余儀なくされた。英元も長子泰種と共に武士の身分を捨てて、境野原の原野に土着して開墾を始め農事に従うことになった。
 英元は慶長3年(1598年)に仏堂を建てて、家来を出家させて住まわせた。そして英元の孫種景が17才で出家、広沢村大雄院の牛室香 大和尚の弟子になり、後に英元の旧領地の堀口村の正雲寺を移転して祥雲寺と改めて伽藍を整え、師の牛室大和尚を開山に勧請したのが寺名の興りである。
 天明8年(1788年)、14世大栄千樹大和尚入寺の前夜に全山灰燼に帰してしまったが、寛政元年(1789年)に千樹大和尚が再建したのが現在の本堂、鐘楼である。また、10世中興大光蜜仙大和尚の時に建てられた六ツ足の山門はこの時焼失を免れ、境内で最も古い建物となっている。
 庫裡は昭和56年に檀信徒の浄財により、位牌堂兼坐禅堂、広間を備えた庫裡会館として再建されたものである。現在、坐禅会、御詠歌、法事等に使用されている。
 毎月参禅会をという声で始まった会を「祥雲会」と称し、会員は自由に各会合に参加し、和やかな雰囲気の中で、釈尊、曹洞宗の御教えに接している。
 宝物としては釈尊降誕図の大掛軸があり、毎年4月の花まつりに天井から滑車を使って掛けられる。

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