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曹洞宗

光明寺のお参りの記録一覧
群馬県 西桐生駅

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たかく
たかく
2019年10月17日(木)133投稿

江戸時代に書かれた、光明寺縁起の伝える所によると、当山は聖武天皇の勅願により、行基菩薩東大寺大仏造営の勧進の為桐生の地に来りて、観音の夢告により、渡良瀬川のほとり、吾妻山景に囲まれた所聖地ありと、ここに観音の像を刻みて祀らば多くの人々を済度せしむと、一宇の堂を建てて千手観世音を祀り、月光の境内、池に映る景勝を賞でて水月庵と名付け、永く桐生の守りと誓願せられる。時に739年今を去ること1270年前なり。
 平安時代には、桐生における、日光三社大権現(山岳信仰)の中心地となる。裏岩山の行者坂を登り、吾妻山山頂から尾根伝いに中禅寺奥の院に至る。関東最大の霊域行者入山口、桐生門を守護する。江戸時代初期寺名を光明寺に改め寺域を拡大する。
 江戸時代中期、東毛32番観音札所、江戸時代後期には御岳神社を光明寺境内地に分社し、御岳講を作り、信仰を集める。平成元年には、桐生七福神弁財天札所として新たな信仰を集めている。
 当山は、日本における霊域を守る寺の一つとして、桐生地域において役割を担ってきました。境内には地蔵尊、白山妙理大権現、龍王護法大善神、千庚申、その他多数の石仏、石神が祀られています。

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