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天台宗功叡山

徳蔵寺のお参りの記録一覧
群馬県 新前橋駅

かおり
かおり
2024年05月01日(水)
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群馬県の総鎮守である上野総社神社の隣にあるのが、ここ天台宗徳蔵寺だ。
上野総社神社の隣にあるお寺。かつては総社神社の別当寺であった。
室町時代(戦国時代)の文明三年(1471年)足利八代将軍義政公の祈祷所として建立され、開山は重海法印と伝えられている。往時には寺中七ケ院、末門十七ケ寺を擁し幕府から朱印十六石を下賜され、檀徒三百有余戸を有し、当地信仰の中心をなしていた。
江戸時代初期の慶長十二年(1607年)惣社(総社)領主の秋元越中守が惣社に惣社城を築くにあたって、一寺の建立を計ったが、当時新寺院の建立は幕府の禁ずるところであったため、時の名僧天海僧正の内意によって本寺ならびに寺中七ケ院のうち四ケ院を惣社に移しこれを光厳寺と称した。
爾来この地には寺がなくなったが、旧地の者は明治五年(1872年)檀徒相計り官にその再建を願い、またしばしば光厳寺と折衝して独立し、明治六年(1873年)に然海法印を住職として再建された。この間二百六十六年、この地には寺名のみ残していたことである。

住職一家、檀家さんが集うお堂までは道順が示されているのだが、この庭園が又素晴らしい。今の時期はやはりツツジだ。
都心部でもツツジを見かけるが、こんなにもツツジは美しかったのか・・・
都心部の喧騒を忘れてしまうのであった。

生憎、住職は1日出かけているとのことで、檀家さんたちが対応してくださった。定年退職をされたような年齢の方で、静岡県沼津市で出会ったように、このお寺が好きだからお掃除をしている。そんな方なのであった。
今お茶を飲んで休憩。午後も庭の手入れをするんだよ。
と、実に楽しそうにその男性は言われた。

ここで私は、己の普段の仕事ぶりを想う。今の仕事は好きじゃない。嫌いだ。お金の為にやっている。心なんかこもっていない。適当に手抜きをしている。
この美しい庭と比べて情けないのだが、イヤ、それは違う。
皆さん、自分の菩提寺が好きだから心がこめられるのだ。実際、菩提寺との付き合いは法事の時だけ、葬式仏教と言う人なんかわんさといる。
うちのように、義弟がお寺の年会費を払うのを任せていたら、菩提寺がない状態なんてえのもあるくらいで。
日本各地にある美しく整えられた寺院の多くは檀家さんの心が反映されたものなのかもしれない。

木蓮や 菩薩と共に 艶やかに

徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)

観音菩薩の隣に咲く木蓮が艶やかだ。

徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
徳蔵寺(群馬県)
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くし
くし
2022年03月18日(金)
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上野総社神社の裏手にある昌楽寺から、今度は表側にある徳蔵寺へ。
立地的にやはりここは神仏習合時代は総社神社の別当寺だったそうです。
調べてみたところ総社神社との関わりはあまり出てこなかったものの、なかなかユニークな歴史を持つお寺でした。

創建は室町時代の1471年、八代将軍 足利義政の祈祷所にして比叡山延暦寺の末寺として建立。

時は流れて江戸時代初期・・・
当時の総社領主 秋元越中守という人物が、蒼海城の北西に惣社城という新城を築き、その際お寺も建立しようとしたのですが、当時の江戸幕府は新寺院の建立を禁じており許可されず。
そこで例の天海僧正が仲介し、周辺にあった七ヶ院のうち本寺を含む四ヶ院を光厳寺というお寺に統合。
(おそらくうちの地元の佐野氏が、狸オヤジ家康に難癖付けられて唐沢山城を廃城にさせられたうえ改易されたようなぐう畜エピソードが総社でもあったと思われ(^^;)
ちなみに今回は行けなかったのですがこの光厳寺も約2km北に現存。秋元家代々の立派な廟所があるそうです。

さて、このため江戸時代の266年間はこの地には寺名のみ残り実際のお寺がなくなってしまいました。
そして江戸幕府が倒れ明治5年、地元の檀信徒が寺の再興を願い光厳寺と折衝し、晴れて独立を勝ち取り明治6年に再建。
その後周辺七ヶ院のうち光厳寺に統合されなかった三ヶ院の法灯も受け継ぎ現在に至るとのこと。

ちなみに徳蔵寺も昌楽寺もどちらも天台宗。
こんなほぼ隣り合わせに同宗派のお寺があって競合せんのか?(゜゜;)と思ったのですが、どちらもそれなりの規模の墓地があって檀家さんは多い様子。 前橋クラスの人口密集地ならちゃんと住み分けができるようですなw

ちなみにこの日は最初にグンマーの総社を拝んだせいか、どうも完全に神道ステータスに全振りになってしまったようで、お寺は全く振るわず受印できたのは唯一ここだけでした(^^;

徳蔵寺の御朱印

本尊は阿弥陀如来で、境内には何やら不動明王の修法を行っているという看板もあったのですが、意外なことに御朱印は千手観音
群馬県三十三観音というマイナー巡礼の二十三番札所だそうです

徳蔵寺の授与品その他

なんとご住職様からお線香もいただいてしまいました!Σ( ̄□ ̄;)
ありがたや(―人―)

徳蔵寺(群馬県)

例の上野総社神社前の電話BOXから右に入ったところにあります

徳蔵寺の山門
徳蔵寺の建物その他

入ってすぐに・・・足跡?( ゚д゚)
仏足石かと思うので一応踏んどきましたw

徳蔵寺の仏像

途中で北にカーブ
石仏が多数、しかもかなりバリエーションに富んでます♪
国府跡だしみんな古い物でしょうね

徳蔵寺の仏像

まさに露座の羯磨曼荼羅

徳蔵寺の建物その他

途中に祠が一つ

徳蔵寺(群馬県)

中には地蔵や僧形の石仏、天神像や双体道祖神なども見えます

徳蔵寺の仏像

不動明王
頭身がかなりマンガチックwww

徳蔵寺の仏像

閻魔大王を始めとする十王像

徳蔵寺の手水

浄水
僅かながら水は出てました

徳蔵寺の仏像

観音様

徳蔵寺の仏像

右手の方は樹木の多い庭園となっており、その奥に庫裏

徳蔵寺の建物その他

マニ車は結構重かった(^^;
一回転で誦経一回分の功徳とはいえ、安易な解脱は決して訪れぬことを戒めてくれてるようだったw

徳蔵寺の本殿

本堂
比叡山末寺だけのことはあり山号は功叡山

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