まえばしはちまんぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方前橋八幡宮のお参りの記録一覧
絞り込み


前橋神社巡り⑥三夜沢赤城神社より向かいました。本日最後の神社で、東照宮の次に参拝していれば時間のロスはなかったのに、帰路のことを考えると少し憂鬱になりました。町の中心地に鎮座していますが、以前私が住んでいた頃よりずいぶんと街がさびれてしまったような感じがします。小さい公園と一体化し小さな神社です。社殿はコンクリート造りですが、石垣を積まれた小山の上に鎮座しています。この小山は前橋9号墳という古墳だそうです。利根がエアが近くを流れているため、古代から人が棲んでいたことが伺えます。御朱印は50mほど離れた駐車場横の社務所で書き入れていただきましたが、宮司様の話し方が群馬ならではの口調、初めての県外の方は乱暴な口調と捉えて気分を害すかもしれませんが、いたって普通、悪意はないと思います。丁度氏子役員の方たちとお話していましたが、同じ口調でした。
もっと読む
御祭神
京都・石清水八幡にルーツがあり、応神天皇(おうじんてんのう)(第15代)(〔誉田別尊(ほんだわけのみこと〕)・比売大神(ひめのおおみかみ)・神功皇后(じんぐうこうごう) 〔息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと)〕が祀られています。
戦国時代、越後から来た北条(きたじょう)高定・高広父子はこの土地を支配しますが元亀二年(1571年)、八幡宮に対して、土地寄進状・諸役免許状を出しますが、その文面に「当地厩橋八幡宮」とあり、これは「前橋」の地名の語源となる「厩橋」と言う地名が明記されている最初の資料としても記されています。代々の城主が篤く崇敬したので、庶民もこれを見習い、八幡宮は前橋の一中心をなしたと伝えられています。江戸期を通じて、社領は天川原と代田村にあわせて十五石、天川原の社領のあとには、現在も八幡神社が祀られています
もっと読む

前橋八幡宮は、群馬県前橋市にある神社。旧社格は県社。祭神は、応神天皇、比売大神、神功皇后の3柱。上野国の国府八幡宮(一国一社八幡宮)。
社伝によると、平安時代の859年、在原業平の子孫・長野業重が京都の石清水八幡宮を勧請して創建。戦国時代、当地を支配した北条高定・高広父子が当社に出した土地寄進状・諸役免許状には「当地厩橋八幡宮」との記載があり、この「厩橋」が「前橋」の地名の由来であると言われている。江戸時代を通じて社領15石を有した。
当社は、JR両毛線・前橋駅の北0.8kmの(おそらく昔からの)市街地にある。大通り(国道50号線)から少し中に入った場所にあり、公園を併設(おそらく旧境内)していて閑静な立地。境内部分はさほど広くはなく、社殿はコンクリ造りで古社のイメージはないが、神職の方が常駐している。普段から参拝者・崇敬者が多いということであろう。
今回は旧社格が県社ということで参拝することに。参拝時は週末の昼ごろで、境内周りの公園には地元民がくつろいでいたが、社殿周りには自分以外に参拝者はいなかった。
もっと読む

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






































