まえばしとうしょうぐう
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前橋東照宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年12月30日(金)
参拝:2021年7月吉日
寛永元年(1624)、結城秀康の五男である松平直基により最初の領地であった越前勝山で創建された。
寛延2年(1749)、松平朝矩が姫路藩から前橋藩に国替えとなったが、水害により前橋城を廃棄し、明和4年(1767)川越城へ移転した。その時、東照宮も移転し、現在の社殿はこの時期に川越で造営されたものである。
以後は代官に前橋を治めさせていたが、慶応3年(1867)、松平直克が念願の前橋復帰を果たし、東照宮も社殿を解体して前橋に移転をはかったが、幕末の混乱により再建は明治4年(1871)となった。
江戸時代初期の前橋藩主・酒井重忠は天満宮を創建し、酒井氏時代から長く崇敬されていた。これを明治4年に合祀したものである。また、明治31年(1898)には長壁神社も合祀され、現在に至る。
寛延2年(1749)、松平朝矩が姫路藩から前橋藩に国替えとなったが、水害により前橋城を廃棄し、明和4年(1767)川越城へ移転した。その時、東照宮も移転し、現在の社殿はこの時期に川越で造営されたものである。
以後は代官に前橋を治めさせていたが、慶応3年(1867)、松平直克が念願の前橋復帰を果たし、東照宮も社殿を解体して前橋に移転をはかったが、幕末の混乱により再建は明治4年(1871)となった。
江戸時代初期の前橋藩主・酒井重忠は天満宮を創建し、酒井氏時代から長く崇敬されていた。これを明治4年に合祀したものである。また、明治31年(1898)には長壁神社も合祀され、現在に至る。
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竜王1324投稿
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