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南町二丁目の水神社は、旧宗甫分村の氏神であり、利根川の水難防止の神であった。
ここには「実正の渡し」があり、番所が設けられていた。境内には天和3年(1683)建立の馬頭大土、安政元年(1854)の馬頭観世音等、交通路であったことを物語る石仏が保
存されている。
実正の渡しの船頭は船の安全な渡しの業務を祈ったことであろう。この船頭を職業としていたこの土地の人達が祭祀したのがこの水神社である。もとは河岸にあったが、水害により現在地に移されたという。
現在の社は拝殿、幣殿、本殿と神長宝、神興庫があり、拝殿の格天井の記録によると、明治21年の建立である。格天井は64面十二支、七福神、六歌仙、七賢人、水鳥魚等が描かれ、作者は一石斎輝貞と記されている。拝殿の棟には龍が刻されている。古い社を壊し明治21年(1888)に村人の寄付で村社「水神社」が建立された
水神社の由来
前橋市南町二丁目に鎮座する水神社は、古くから水の神様としてあがめられ、特に夏祭りには勇壮な神輿が裸の若者に担がれ、近隣近在の呼びものであった。
今では神社の欅も技を落され目立たない存在であるが、根本はたいへん太く(地上から150cmの外周は381cm)昔のおもかげを残す大木である。
この神社は、その昔、利根川の中ほどに位置した所にあったのが、がけが削られてきて今の位置に社殿を移したのである。祭神は水波能女益とある。当時の南町二丁目は40戸ほどの戸数で宗甫分村と言い、この少ない氏子が立派な社殿を造営したのは立派である。
社殿の天井板の桝目の画など、とても貴重な文化財である。また区画整理で少々移転し屋根なども銅板ぶきにふき替えられた。
なお、今まで書いた文は、「南町二丁目史」から抜粋したものである。

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