ぜんしょうじ
御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
禅昌寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年09月03日(土)
参拝:2022年8月吉日
【飛騨國 古刹巡り】
禅昌寺(ぜんしょうじ)は、岐阜県下呂市萩原町中呂にある臨済宗妙心寺派の別格寺班で、寺格は十刹。山号は龍澤山(りょうたくざん)。本尊は釈迦如来、観世音菩薩、薬師如来。境内の大杉は国の天然記念物。
鎌倉時代に密教系の寺院・真乗寺として創建され、鎌倉幕府9代将軍・守邦親王の祈願所であった。南北朝時代に入り、1377年北朝五代・後円融天皇が臨済宗南禅派から竹処崇園(ちくさすうえん)禅師を講じて寺号を大雄山円通寺と名付け勅願所として開創。のち室町時代後期の1528年(または1532年)、飛騨国益田郡萩原郷の桜洞城主・三木直頼(みつきなおより)により、三木氏の一族出身といわれる杲天宗恵(こうてんそうけい)を創建とし、寺号を龍澤山禅昌寺と改め、大雄山円通寺の住持・明叔慶浚(みんしゅくきょうしゅん)大和尚を開山として再興。1554年には、後奈良天皇から「十刹」の綸旨が与えられている。
当寺は、JR高山本線・禅昌寺駅の南東500mの、東側に小山を控えた平地にある。南北に流れる飛騨川の東側に沿って走る国道257号線から東に少し入った場所にある。国道から境内までの間に自動車学校がある。境内は広そうだが、伽藍は山門内に集約されていて見て廻りやすい。内部拝観が可能で、本堂の御本尊以外にも美術品や裏手の庭園など見どころが多く楽しめる。
今回は、飛騨國の古刹ということで参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分たち以外には参拝者はいなかった。
境内西端入口の<山門>と<寺号標>。
<山門>は、江戸時代中期1795年の再建。参拝時は残念ながら工事中。
<山門>は、江戸時代中期1795年の再建。参拝時は残念ながら工事中。
山門脇から見た、境内外側の堀。まるで庭園のような美しさ。
山門をくぐったところからの眺め。突き当りの古風な建物は<大庫裏>。江戸時代中期1780年の再建、1975年修補。
山門をくぐってすぐ右手にある<大雄堂>。禅堂で、昭和戦前の1942年造築。
大庫裏に向かってしばらく進むと、左手に長い参道が伸びる。
大庫裏の左側に建つ<大方丈>。江戸後期1815年の再建。
境内北西部に建つ<無影堂>。この北側に国の天然記念物<大杉>が立っている。
大庫裏から内部拝観スタート。まずは屏風、額、書画がある広間。
大方丈に向かう通路から見た<鐘楼>(1850年再建)と<勅使門>(1805年再建)。
裏手(東側)の山裾にある庭園。しっとりとした雰囲気がいい。
<大方丈>の通路。かなり広い空間。
<大方丈>の扁額。美しい書体だが、達筆過ぎて自分には何と書いてあるか読めない...(^_^;)
<大方丈>内部。
境内北側にある<観音堂(円通閣)>から見た境内のきれいな眺め。
<観音堂>内部。本尊の観世音菩薩は恵心僧都の作といわれ秘仏。7年に一度開帳され、安産の観音様として知られているとのこと。
無影堂の北側にある、国の天然記念物の<大杉>。推定樹齢1300年、樹高45m、周囲12m。
最後に最も印象に残った、大庫裏の広間にある雪舟筆『大達磨』。別名『八方にらみの達磨』。
何とも言えない趣のある筆遣い。すごく良い! (^▽^)/
何とも言えない趣のある筆遣い。すごく良い! (^▽^)/
すてき
投稿者のプロフィール
惣一郎1269投稿
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。