おおつじんじゃ
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楽しみ方大津神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年09月28日(水) 19時15分12秒
参拝:2022年8月吉日
【飛騨國 式内社巡り】
大津神社(おおつ~)は、岐阜県飛騨市神岡町大字船津にある神社。式内論社で、旧社格は県社。祭神は、大彦命、武渟河別命・建南方富命。
創建は不詳。『文徳天皇実録』、『日本三代実録』によると、平安時代初期には祭祀が行われていたとされる。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「飛騨國 荒城郡 大津神社 小」の論社となっており、他の論社には天満神社(高山市)がある。建武年間(1334年~1336年)に高原郷の領主・江馬氏が武神信州諏訪大明神の分霊を勧請、社号も大津神社から諏訪大明神と改称した。北飛騨は戦国時代以降、江馬氏、三木氏、金森氏に支配されたが、その後幕府領となり、江戸時代後期の国学者・田中大秀門下の考証により、社号を諏訪大明神から大津神社へと復称した。明治時代に入り、近代社格制度のもと郷社に列し、のち県社に昇格した。
当社は、JR高山本線・飛騨細江駅の東北東14km、道のり19kmの小山の裾にある。高原川沿いに発達した飛騨市中心街の北端、川の西岸にある。入口から参道を徐々に登って行くと辿り着く台状の広い場所が境内。その北西端に大きな社殿が建っていて、その他の境内社も山側にあたる北側に少し離れてずらっと建っている。あらゆる要素が旧県社としての風格を感じさせてくれる。
今回は、飛騨國の式内社、岐阜県の旧県社ということで参拝することに。参拝時は平日の午後で、自分たち以外にも数人参拝者が訪れていた。

境内南東端入口の全景。階段の右端に<社号標>がある。

階段を少し上がったところにある<一の鳥居>。参道は徐々に登って行く。

参道を上る途中、右側に見える飛騨市の街なみ。

参道の左側にある、大きな<社務所>。ただし通常無人みたい。

さらに参道を登った左側にある<手水舎>。

参道の上にある<二の鳥居>。

二の鳥居前に立つと、<社殿>との位置関係はこんな感じ。参道は少し左に曲がる。

参道左手の<神代旧跡>の石碑。

<拝殿>全景。高さもあって、横幅もある大きく立派な拝殿。巨大な扁額が、向拝の下ではなく、上に掛かっている。

拝殿前左側の<狛犬>。仔狛犬とともに可愛らしい風貌。

拝殿前右側の<狛犬>。こっちもかわいらしい。(o^―^o)

<拝殿>正面。

拝殿後ろの<本殿>。

拝殿に向かって右手にある<器具庫>。

器具庫の裏手にある、日清戦争関連の石碑。

拝殿の左側にあって、拝殿と渡り廊下で繋がっている建物。その前には噴水池。
境内はここから西側に広がっているので、西方向(左手)に向かっていく。
境内はここから西側に広がっているので、西方向(左手)に向かっていく。

拝殿の左手にある、もう一つの<手水舎>。表札には「岐阜県名水・船津大洞水道」とある。

手水舎の左側、少し高いところにある建物。

上の建物の左側にある、境内社の鳥居。

境内社の社殿。

境内北西部にある<稲荷神社>の鳥居。

<稲荷神社>の社殿。

境内北西端にある<木魂神社>の鳥居。珍しい社名だが、飛騨國が戦国時代以降、木材の供給地であることを考えると納得。

<木魂神社>の社殿。

稲荷神社と木魂神社の間にある<包丁塚>。

最後に、印象に残った大きな<社殿>全景。まるで大寺院の本堂みたい。(^▽^)/
すてき
投稿者のプロフィール

惣一郎1269投稿
2020年1月から寺社仏閣巡りを始めた初心者です。東京在住です。 クルマとバイク、旅行が趣味なので、近くから遠くまで、精力的にお参りしています~♪ ■2023年も引き続き、日本各地(目標:寺社...もっと読む
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