はちおうじじんじゃ
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楽しみ方八王子神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年10月09日(木) 21時19分38秒
参拝:2025年10月吉日
【岐阜県 恵那市(旧明智町)】(あけち はちおうじじんじゃ)
旧明智町は大正時代の建物が多く残っています。
そんなことから、昭和59年(1984年)に町全体を「日本大正村」として観光化されています。
実際に街の探索など100年前にタイムスリップし、情緒のある楽しみ方ができます。
また、明智光秀の出生地とも憶測されています。
その旧明智町の中心街に鎮座されているのが八王子神社です。
創建は天暦3年(949年)で、この地方では最も古い神社であり、産土神でもあります。
旧明知城にあった唐門を移設したという「神門」をくぐり参道を進みます。
境内には多くの摂末社とともに「明智光秀」のお手植えの「楓(カエデ)」や
光秀の建立したとされる「柿本人麻呂神社」も残されています。
しっかりと「桔梗紋」が見受けられます。
江戸時代初期に造られた本殿の両側は色彩豊かに塗られていたそうです。
今でもその面影が見受けられます。(伊勢海老の絵には驚きました。)
見ることはできませんが本殿には「麒麟」の欄間彫刻もあるそうです。
世が世なら、またタイミングによっては、光秀により「麒麟が来た」のでしょうか?
「光秀」と「麒麟」は結びつきます。
でも、なぜに「楓」であり、「柿本人麻呂」なんでしょうか?
・・・こちらの結びつきは、私にはわからないままです。
旧明智町は大正時代の建物が多く残っています。
そんなことから、昭和59年(1984年)に町全体を「日本大正村」として観光化されています。
実際に街の探索など100年前にタイムスリップし、情緒のある楽しみ方ができます。
また、明智光秀の出生地とも憶測されています。
その旧明智町の中心街に鎮座されているのが八王子神社です。
創建は天暦3年(949年)で、この地方では最も古い神社であり、産土神でもあります。
旧明知城にあった唐門を移設したという「神門」をくぐり参道を進みます。
境内には多くの摂末社とともに「明智光秀」のお手植えの「楓(カエデ)」や
光秀の建立したとされる「柿本人麻呂神社」も残されています。
しっかりと「桔梗紋」が見受けられます。
江戸時代初期に造られた本殿の両側は色彩豊かに塗られていたそうです。
今でもその面影が見受けられます。(伊勢海老の絵には驚きました。)
見ることはできませんが本殿には「麒麟」の欄間彫刻もあるそうです。
世が世なら、またタイミングによっては、光秀により「麒麟が来た」のでしょうか?
「光秀」と「麒麟」は結びつきます。
でも、なぜに「楓」であり、「柿本人麻呂」なんでしょうか?
・・・こちらの結びつきは、私にはわからないままです。

社頭鳥居

参道

手水舎:花手水

拝殿

拝殿力士像:支えているお姿・・・好きなんです。

本殿:北側
⇒ 屋根の右下「へ」の字風の白い部分に「伊勢海老」が描かれています。
⇒ 屋根の右下「へ」の字風の白い部分に「伊勢海老」が描かれています。

本殿:南側
⇒ 色は褪せますが、彫刻はそのまま残ります。
⇒ 色は褪せますが、彫刻はそのまま残ります。

拝殿

光秀お手植えの楓:なぜ「楓」でしょうか?
柿本人麻呂神社:なぜ歌人の「人麻呂」でしょうか?
柿本人麻呂神社:なぜ歌人の「人麻呂」でしょうか?

柿本人麻呂神社:明智光秀により建立
⇒ 看板の麒麟彫刻は本殿内
⇒ 看板の麒麟彫刻は本殿内

摂末社

摂末社

摂末社

神門:旧明知城の唐門を移設
⇒ お城の名は「明知城」、町の名は「明智町」と表記されます。
⇒ お城の名は「明知城」、町の名は「明智町」と表記されます。

案内板

神社入口

明智西宮恵美寿神社:社号標・本殿
⇒ 知らずにこちらから参拝しました。
⇒ 知らずにこちらから参拝しました。
すてき
投稿者のプロフィール

ミッフィー961投稿
令和6年11月30日より皆様のお仲間に入れさせていただきました。皆様の投稿・写真にいつも感心させていただいております。ただ「俗な自分」は、神社仏閣の素晴らしい「建築・彫刻・絵画・工芸・庭・・」な...もっと読む
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