みょうおうじ
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楽しみ方妙応寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年05月21日(水) 08時52分36秒
参拝:2025年5月吉日
「西美濃三十三」第18番札所です。
今須領主の長江重景によって創建されました。
1360年に大徹宗令が立ち寄った際、今須領主であった長江重景の邸宅に泊まりました。
老婆が財物を略取し地獄の獄卒により呵責されているのを夢に見たため、そのことを長江重景に話しました。
長江重景は母の妙応が生前年貢を徴収する際と支払いを行う際に大きさの異なる升を用いて民を苦しめていたという話を大徹宗令にしたところ、夢に出てきた老婆が妙応であることが分かりました。
大徹宗令はその供養を行い長江重景の帰依を受け、勧請開祖に峨山韶碩を迎え、自らは2世住職となって妙応の名を冠した本寺を創建したという伝説があります。
関ヶ原の戦いの東西両軍にゆかりがある寺としても知られています。
関ヶ原の戦いでは戦場に近く被害を被る恐れがありましたが、脇坂安治、安元、小早川秀秋や徳川家康により制札で保護を受けています。
御朱印は納経所で頂きました。
今須領主の長江重景によって創建されました。
1360年に大徹宗令が立ち寄った際、今須領主であった長江重景の邸宅に泊まりました。
老婆が財物を略取し地獄の獄卒により呵責されているのを夢に見たため、そのことを長江重景に話しました。
長江重景は母の妙応が生前年貢を徴収する際と支払いを行う際に大きさの異なる升を用いて民を苦しめていたという話を大徹宗令にしたところ、夢に出てきた老婆が妙応であることが分かりました。
大徹宗令はその供養を行い長江重景の帰依を受け、勧請開祖に峨山韶碩を迎え、自らは2世住職となって妙応の名を冠した本寺を創建したという伝説があります。
関ヶ原の戦いの東西両軍にゆかりがある寺としても知られています。
関ヶ原の戦いでは戦場に近く被害を被る恐れがありましたが、脇坂安治、安元、小早川秀秋や徳川家康により制札で保護を受けています。
御朱印は納経所で頂きました。
すてき
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