おおみわじんじゃ
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楽しみ方大神神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年05月28日(日) 17時35分55秒
参拝:2023年5月吉日
大垣市上石津町で神社巡りに行ってきました。
「延喜式神明帳」に記載されている神社です。境内には、幹の周囲が5mもある大きな杉の古木が何本も立ち並び、境内を取り囲むように茂る社叢は、県の天然記念物にも指定されています。
社伝によると、朱鳥六年の持統天皇の伊勢行幸の際、伊勢三重郡に到着した時に、大物主神が右大臣三輪朝臣高市麿に「わが住む社を美濃国多芸山の川上に建てよ」と仰せられ、この地を選び創建されたといいます。
天延元年、近くの郁季山宮ヶ平に神武天皇を祀る神社が創建されましたが、永久元年に暴風雨によって流出。当地に流れ着いたものを拾い上げて当社へ合祀したため、流彦大明神と称しましたが、後に当社全体を流彦大明神と称するようになりました。
往古は、上之山という山に鎮座していましたが、永和七年に現社地へ遷座。火災により七堂伽藍が焼失し、再建の資力がなく当地にあった天武天皇を祀る社に遷したとも言われています。
明治になって、社号を大神神社へと戻しました。
こちらに来る前に訪れた貴船神社が、境内社として祀られていました。
「延喜式神明帳」に記載されている神社です。境内には、幹の周囲が5mもある大きな杉の古木が何本も立ち並び、境内を取り囲むように茂る社叢は、県の天然記念物にも指定されています。
社伝によると、朱鳥六年の持統天皇の伊勢行幸の際、伊勢三重郡に到着した時に、大物主神が右大臣三輪朝臣高市麿に「わが住む社を美濃国多芸山の川上に建てよ」と仰せられ、この地を選び創建されたといいます。
天延元年、近くの郁季山宮ヶ平に神武天皇を祀る神社が創建されましたが、永久元年に暴風雨によって流出。当地に流れ着いたものを拾い上げて当社へ合祀したため、流彦大明神と称しましたが、後に当社全体を流彦大明神と称するようになりました。
往古は、上之山という山に鎮座していましたが、永和七年に現社地へ遷座。火災により七堂伽藍が焼失し、再建の資力がなく当地にあった天武天皇を祀る社に遷したとも言われています。
明治になって、社号を大神神社へと戻しました。
こちらに来る前に訪れた貴船神社が、境内社として祀られていました。
すてき
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ゆきち2604投稿
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