臨済宗妙心寺派
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方洞泉寺のお参りの記録一覧

美濃新四国八十八ヶ所霊場巡りの6寺目は、岐阜県山県市高富に在る宝林山 洞泉寺です。
先の5寺目の広厳寺とは目と鼻の先(約500m)。
臨済宗妙心寺派で、本尊は聖観音。
美濃新四国八十八ヶ所霊場 第58番札所。
南北朝時代の南朝の武将・杉山義祐が根尾城で戦死し、その室が菩提を弔うために出家し、寺洞(現在の蛍ヶ丘)に玉洞庵を建立したのが始まり。やがて衰退し、1536年に洪水で流失。1600年に代官の山田六兵衛が田畑や屋敷を寄進し、淳岩禅師(大龍寺の中興開山)を招き、寺を日洞に移して洞泉寺と改めた。その後、本庄通章(5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院の異母兄・本庄道芳の孫)が高富藩主となり、菩提寺とした。
この辺りは田舎ですので、どの寺院も広めの駐車場があって助かります。
山門をくぐる前から本堂と庫裏が見えます。山門に近付くと読経が聞こえました。どうやら法事の様です。流石に、法事中に本堂の扉を開けるのは憚られるかなと庫裏の呼鈴を押した所、ご住職の奥様?が出てこられたので美濃新四国の御朱印をお願いしました。すると本堂に行かれて、座って朱印を押されている様子。少し経って戻って来られ、御朱印を頂戴しました。
従って、本堂内には入っておりませんので、堂内の様子はわかりません。また機会があれば訪れてみようと思います。

御朱印

鐘楼


山門

本堂

山県市にある洞泉寺にお参りしました。
住宅街の中にありながら、広い駐車場、池などもあり静かな中でゆっくりとお参りしました。
聖観世音菩薩を本尊とする臨済宗妙心寺派の寺院です。美濃新四国、第58番札所。
歴史は、延元4年(1329年)に根尾城で戦死した南朝の武将杉山義祐の菩提を弔うため、その室である妙智尼が玉洞庵として創建された草庵が始まりで、外護者を欠いた寺はその後衰退し、さらに洪水により流出した。慶長5年(1600年)に当地の代官、山田六兵衛が、寺を字日洞に移して洞泉寺と名を改めました。

松庵の句碑の説明


桜の木 上を見上げると3輪の花が・・これは四季桜ではなく、単に季節を間違えて咲いていたのでしょうか・・ピントがずれてしまいましたが、本物です🌸☺️

鐘楼堂と池、スイレンがきれいに咲くのでしょうね

山門

般若心経の石碑、山門に入る前にあります

手水舎

本堂

御朱印 本堂の中に準備してあり、赤い印はセルフで押します。以前上手く押せなかったことでコメント欄から、習字の際に使う下敷きを使うと良いとアドバイスを頂き、以来お参りセットにプラスしました。「いざ出番」と思いましたが、下敷きが敷いてあり上手く(?)押すことができ良かったです。
岐阜県のおすすめ🎍
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ





















5
0