たかくらじんじゃ
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楽しみ方高倉神社のお参りの記録一覧

会津の旅🍁ー③高倉神社
会津若松から会津線に乗り、江戸時代の有名な宿場、大内宿に向かいました。
会津若松から日光今市を結ぶ道の宿場だった大内宿。
湯野上温泉駅からタクシーで15分位登ると茅葺き屋根の連なる風情のある宿場町が。
古い宿場の真ん中に大きな鳥居があり、くぐってのどかな道を少し行くと二の鳥居。しかし、途中クマ注意⚠️の看板がいくつか😨急ぎ足での参拝となりました💦

ここまで落ち延びてきたという以仁王が祀られています

会津線からの景色✨️

宿場町のほぼ真ん中に

大きな一の鳥居が

😨

二の鳥居が見えてきました😨

三の鳥居が見えてきました

急いでお詣り

可愛い龍が彫られていました

戻る途中の長閑な道

雪景色もとてもきれいだそうです😌

大内宿の佐藤家(玉屋)では以仁王が当地に辿り着いた際に草鞋を脱いだ家で滞在中に御世話をしたとし高倉神社の永代御頭家になったと伝えられ、例祭の半夏祭の神輿の渡御の際には、佐藤家(玉屋)が神輿の休憩所になっています。大内宿の郊外には以仁王の愛妾で当地まで追いかけてきたもの病気で死去した桜木姫の墓碑が建立されています。
高倉神社は古くから神仏習合し、高倉大明神と呼ばれてきましたが二之鳥居明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色は一掃され、明治3年(1870)5月18日に社号を「高倉神社」に改称し村社に列しています。拝殿は入母屋、鉄板葺き、平入、桁行3間、梁間2間、正面1間向拝付、外壁は板張り素木、向拝木鼻には獏、欄間には龍の彫刻が施されています。本殿は一間社流造、鉄板葺。幣殿は両下造、鉄板葺。
大内宿が昭和56年(1981)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された際、伝統的建造物の建築物の社寺、鳥居(一之鳥居:自然木神明鳥居・二之鳥居:自然木神明鳥居・三之鳥居:木造両部鳥居)、石段(参道)に選定されています。
本殿背後の御神木(高倉神社の大杉)は創建時に献植した伝わる杉の大木で福島県緑の文化財に指定され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された際の樹木に選定されています。例祭の「半夏祭り」は古式を伝える貴重な行事として下郷町指定無形民俗文化財に指定されています。高倉神社の社殿の背後は地元では「王三段」と呼ばれ、一番高い段には以仁王の宮殿、2段目と3段目は家臣の屋敷があったとされ、その入口には石碑が建立され、注連縄で結界を張って神聖視しています







冬詣・御朱印巡り
大内鎮守
高倉神社
今年の会津は大雪
雪まつりが次々と中止になる中
雪まつりを終えた大内宿へ
大内宿の中ほどに
大きな一の鳥居がある
高倉神社へ
宿場から外れると
真っ白な雪の世界
参道はしっかりと歩けるように
道ができていました
二の鳥居をくぐると
鎮守の杜に入り
途中に清らかな流れの小川
そこが手水になっています
拝殿の周囲は雪に埋もれていますが
お参りには支障はありませんでした
拝殿の後ろには樹齢800年といわれる
大杉がたっています
御朱印は大内宿の入り口近くの
社務所(南仙院 分家)で
書置きでいただけました


















福島県下郷町の大内宿にある高倉神社に参拝。平安末期の皇族・以仁王が平氏討伐の乱を起こしたが、宇治で命を落としたと言われている。しかし、生き伸びてこの地に逃げしばらく逗留していたそうで、その後新潟県の小国町に辿り着いたという伝説があり、以仁王を祀っている。
御朱印は大内宿入口付近にある社務所で書置きのものをいただきました。

高倉神社〜大鳥居、大内宿の一角に

高倉神社〜社殿

高倉神社〜社殿、後ろに大スギの木・樹齢800年は超えると言われている

高倉神社〜御朱印

高倉神社〜鳥居の向こうに社殿

高倉神社〜大山祇神社、剣も奉納されている

高倉神社〜大鳥居から200mばかり進むと入口の鳥居

高倉神社〜大内宿入口

高倉神社〜大内宿の幟

九月十六日 福島県 南会津郡下郷町に鎮座します 高倉神社様 大内宿の観光で参拝させていただきました 御朱印は片面を選びました
御祭神 高倉大明神
高倉宮以仁王 たかくらのみやもちひとおう
高倉宮(京都 三条高倉に邸宅があったからかと)
以仁王 後白河天皇の第三皇子(平家物語は守覚法親王が仏門に入ったため第ニ皇子に)
平清盛のクーデター後に平氏打倒を計画しますが情報が漏れ失敗に終わります その後は勝機を得るために協力者を探しますが、追討軍に追いつかれて討たれたとあります‥しかし、生存していたとの事 大内宿は以仁王が潜行された場所になります
以前は以仁王 の命日に祭だったそうですが、7月に半夏まつりがあります
ちなみに、新潟県の小国にも言い伝えが残っています
以仁王を追い長旅が続き体調を崩してしまい、この地で亡くなってしまった桜木姫のお墓も時間があれば手を合わせていただきたいと思います

鳥居

御朱印
見開きもありました




社殿




御神木
高倉の大スギ






御宿場印
観光記念で

いっぱいある💧

御朱印は

時間がゆっくり流れるような景色でした

猪苗代湖の周辺を周遊しつつ 次なる目的地 大内宿へ
福島観光地検索ランキングNO1にもなる 大内宿^^
茅葺屋根の家が軒を連ねる懐かしの風景が^^
そんな宿場中に静かに佇む神社 高倉神社!!
宿場軒からちょっと裏に入った森の中に鎮座 畑の合間のあぜ道を進んだ先にあります
宿場裏山の樹々に囲まれた静かで落ち着いた気持ちのいい所にお社を構えます^^
社殿裏手には樹齢800年超の立派な杉の大木が^^
そして その横を流れる用水路^^ 冷たく気持ちのいい水が 暑い日差しで火照った身を癒してくれました^^
御朱印は麓 宿場町の入口付近にある南仙院分家様で授与していただけます

この奥に 神社^^

鳥居


本殿


樹齢800年超 高倉の大杉^^

カゲロウの巣^^ 通称アリジゴク^^ こんなに沢山あるなんて^^


清らかな流れが^^ と~っても冷たい水^^

蝶がおでむかえーー^^

長閑~~~な田園風景の中に^^

茅葺屋根の街並み いいですな~~^^

御朱印

福島県 南会津郡 下郷町 に鎮座する、高倉神社、大内宿に鎮座、一之鳥居は大内宿を含む近隣7郷の総鎮守です。当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました、ご祭神は 高倉宮以仁王(又、以仁王の愛馬とされる連銭葦毛も祭られているそうです)配祀は桜木姫。合祀は高倉宮后紅梅御前、高倉神社が何時頃に創建されたのかは判りませんが、次のような伝承が伝えられています。治承4年(1180)、高倉宮以仁王(後白河天皇の第3皇子)は平家によって朝廷が支配されるのを危惧し、源頼政と共に平家打倒を画策、全国の武士達に平家打倒を呼びかける「以仁王の令旨」を発令しました。しかし、志半ばで計画が露呈し、平家から追討の軍が派兵され宇治川の戦いで敗北を喫します。
一般的な史実としては高倉宮以仁王がここで命を落とすのですが、大内宿に伝わる伝承では密かに戦場から脱出し、東山道と沼田道を抜け当地に辿り着いたそうです。暫く、大内宿(当時は山本村)に逗留していましたが、以仁王の生存を知った平家は密かに追手を差し向けて命を奪おうとしました。追手が正に以仁王の命絶とうとする刹那、突如として雷鳴が轟き、近くに落ちた事から、追手はこれは神の御告げであると悟り、以仁王を密かに越後国(現在の新潟県)に逃がし、当地に以仁王を祭る高倉神社を創建したと伝えられています。










両親と家族で、大内宿に伺った際に、合わせて参拝させて頂きました。
大内宿の通りにある大鳥居から、田んぼの中の参道を進み、2の鳥居からは社叢の中にはいりました。大内宿の喧騒からは全く無縁のようで、また、観光客もまばらにしか来ないため、静かに参拝させていただきました。拝殿で参拝するころから、頭上でブーンという音が聞こえたのですが、拝殿を周り高倉の大杉という立て札から見あげると、参道からも見えていた樹齢800年の大杉でした。音の正体は、20mほど上に蜂の大群が舞っており、杉の中には巣があるようでした。
御朱印は、大内宿の入り口の近くの、「南仙院 分家」にて拝受できました。
駐車場は、大内宿向けの観光駐車場の利用となるかと思います。
大内宿の後、芦ノ牧温泉駅近くの牛乳屋食堂で、ソースカツ丼と極太ラーメンを食べたのですが、このラーメンが、ここ数年の中で一番おいしいラーメンでした。

鳥居

境内

御神木

御朱印
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