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だいしょうじ|臨済宗妙心寺派五葉山

大生寺の御由緒・歴史
福岡県 うきは駅

ご本尊釈迦牟尼佛
創建時代奈良時代
開山・開基行基菩薩
ご由緒

往昔当時は奈良時代行基菩薩668-749によって民衆救済の道場として創建された。 桓武かんむ帝延暦元年782には五臺山大聖寺と称し。勅願寺となった。 月谷和尚の時に、天台宗に改宗して、以来鎮護国家、致福銷災の寺として、 密教の秘法を以て衆生を済度した。 時代の推移と共に、旧仏教は堕落し、 他方新仏教の競い興るなかで、やがて当寺も衰微していった。
明徳2年1391曹洞宗の無着妙融禅師によって再興、 五葉山大生寺と改めた。 寺号は当地浮羽うきは郡の旧名生葉の二字を採って命名された。 以来曹洞禅の宗風大いに振い九州三大禅屈の一つとして寺名高く、 ニ筑一肥(筑後、筑前、肥前)に末寺275ヶ寺をかぞえる本山となり、山内に塔頭7ヶ寺を擁したと伝えている。
天正年間1573-1591大友氏による寺院焼却、寺領没収にあい、 戦国動乱のすすむなかで、寺運は漸次に衰微した。
後、 慶安元年1648有馬忠頼公[1]は、 梅林寺二世澤雲和尚に当寺の復興を命じた。 よって、澤雲和尚は高弟月洲和尚を派遣入寺せしめて再興をはかった。 公は寺禄30石、山林70町歩を寄進して護持をはかった。 以来勧請開山は澤雲和尚、創建開山は月洲和尚となって、法燈連綿18世をかぞえ、 臨済の栄西、白隠の禅風を挙揚して現在に至っている。

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