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タンホイザ
2022年09月12日(月)3869投稿
532年北魏の渡来僧・善正が宝泉寺大宝院として開いたのが始まりと伝わる。
神仏習合し室町時代には修験者が入山修行していたが、戦国時代に大友宗麟の焼討ちに遭い衰退した。
江戸時代に復興し、現在の本殿は1698年に4代福岡藩主・黒田綱政が建築したもので、重文指定されている。
鳥居をくぐり暫し石段を登ると琴平神社がある。
その脇に数多くの破壊された石造が並んでいる。これらの石仏は首無し地蔵と呼ばれる。明治の廃仏毀釈で、仏像が破壊され谷底に投げ捨てられた。後に僅かに拾い出されたものが安置されたものである。
琴平神社と向かい合う形で岩屋の馬の首根岩と洞門がある。天保年間(1830年~1843年)に彫られたもので本殿への入り口となっている。
洞門をくぐるり石段を登った先が本殿である。
本殿下の鳥居の脇には梵字岩と呼ばれる岩があり、割れ目を針の耳という。
親不孝者が通ると上から石が落ちるという伝承がある。針の耳をくぐり母胎内に回帰して生まれ変わることを象徴するとされていた。
更に奥に進むと天狗が蹴って穴を開けたと伝わる天狗岩の中に鎮座する熊野神社が見えてくる。社殿は1686建築で重文指定されている。
境内の標識に従い、大日堂方向へ向かう。
大日堂は鎖場の石段を登った先の窟にある。粟島社とも。疱瘡守護の霊験あらたかであるという。

第六天魔王
2020年12月20日(日)494投稿
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