とくりきじんぐう(しんりきょうほんいん)
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楽しみ方徳力神宮(神理教本院)のお参りの記録一覧

明治に発足された教派神道、神道十三派の一つである「神理教」の本部になります。教派神道の中でも神習教、神道修成派、神道大成教と共に復古神道系の信仰を基盤としており、初代管長の巫部経彦氏が家伝としていた巫部神道を継承しています。
某真理教とは全く別物なので決して間違えないように。

《神門》
扁額は有栖川宮熾仁親王さまが揮毫したものです。

《神理教大教庁》
こちらが神理教の本部事務所になるようです。

《明星会館》
結婚式の会場となるようです。

《宗家》
立派な家ですが…なんの施設なんでしょうか。

《鳥居》
神紋の刻まれた扁額が掲げられています。

《手水舎》
水が自動で出ます。

《神理会館》


《大教殿》🙏
👁チェックポイント‼️
教派神道十三派は他にも有名どころだと教祖系にあたる岡山の黒住教や奈良の天理教、富士講の御師達が立ち上げた扶桑教、実行教。出雲大社が傘下とする出雲大社教などがあります。
こちらは復古神道系の教派神道の中では現在も精力的に活動している方で、境内には数多く分教会の名前が奉納者として名前があります。

《由緒書き》
令和5年からSNSなどを開設した際に「徳力神宮」と名乗り始めました。同じく教派神道の神習教が桜神宮として大活躍をしているので、同じ形式を取るようになったのではないかと知人は考察していました。
明治〜戦前は神社が政府の管理下にあった関係で、別系統の教派神道として名乗る必要がありましたが、現代においては神社として活動していた方がやりやすいでしょうね。

《初代教祖像》
明治政府下に置かれた神職や僧侶を指導する教導職の教師として活動しており、このとき教導職総裁であった有栖川宮さまとご縁があったようです。

《教祖殿》

《地主社》
大地主神さまと少彦名神さまを祀ります。

《裏参道鳥居》
この裏手に幼稚園があります。

《管長邸宅》


《大元稲荷神社》
伊勢外宮から勧請されました。

《造化宮》

《巫部奥都城》
奥津城とは神道式のお墓のことです。

《授与所》
書置きの御朱印と御守りをいただきました。
ちなみに徳力神宮と名乗り始めてましたが、御朱印には従来通り「神理教本院」と書かれています。
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