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とおかえびすじんじゃ

十日恵比須神社の御由緒・歴史
公式福岡県 吉塚駅

歴史詳細情報

  「福岡懸神社誌」(昭和19年刊)によると、「香椎宮社家の武内平十郎(後隠居して五右衛門と称す)が博多に分家し、神屋と号して商売を営んだ。此の者天正十九年(一五九一年)正月三日、年始に当り香椎なる父の家に至り、香椎宮、筥崎宮への参詣の帰途、浜辺潮先に於て、恵比須大神の尊像を拾い上げたる地に御社を建て氏の神と家運大いに栄えたと云う」とあります。

また、「明治参拾参年旧正月記録ヨリ写取者也」と添え書きのある武内文書「十日恵比須神社記録写」には「香椎から箱崎に参拝途中の潮先で、恵比須二対を拾い上げて、持ち帰って奉斎した」「毎年正月十日恵比須ととなえて、自身でお供えして拾い上げたところで御神酒をささげた。これが知られて次第に参拝する人が多くなって繁昌した」という意味のことが書かれています。当時、社は崇福寺境内にあったようですが、博多に分家した香椎宮ゆかりの武内家の一族が、最初は自宅に祀り、のち千代の松原に一社を建立したのが始まりらしいとのことです。

恵比須神社は本来、漁業と深い関係にありますが、どちらかというと十日恵比須神社は“商人色”が強いようです。漁業でも“流通”関係が目立っており、起源との関連をうかがわせます。  

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編集:ホトカミ編集部
最終更新: 2025年12月15日(月) 14時09分50秒

目次

ご祭神事代主大神(えびす様)
大國主大神(だいこく様)
創建時代天正十九年(1591)
ご由緒

社伝では、天正19年(1591年)正月、武内五右衛門が香椎宮・箱崎宮参詣の帰途、千夜松原の波打ち際で恵比須神像を拾い上げたのが神社の起こりとされます。恵比須神は七福神の一神で、漁民、商家の守護神とされ、人々の信仰を集めています。正月の縁起をかつぐ十日恵比須祭りは、8日を初えびす、9日を宵えびす、10日を正大祭、11日を残りえびすと呼び、多数の参詣者はもとより、参道を埋める露店や博多芸妓の「徒歩参り」で大変賑わいを見せます。

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