御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

わかさひこじんじゃ

若狭彦神社(上社)のお参りの記録(2回目)
福井県東小浜駅

投稿日:2026年04月18日(土) 22時47分17秒
参拝:2024年7月吉日
若狭國一之宮上社
若狭彦神社(わかさひこじんじゃ)

延喜式神名帳にある、若狭國一宮 若狭比古神社 二座 名神大 (若狭國・遠敷郡16座)に比定される式内社

【創建は、霊亀元年(715年)】

若狭彦神社の上社の祭神は「彦火火出見尊」で「若狭彦大神」と称え奉り、下社の祭神は「豊玉姫命」で「若狭姫大神」と称え奉る。

若狭国遠敷郡西郷ノ内、霊河の源、白石の上に、先ず彦神、次いで姫神が降臨されたので、その地に仮に社殿を営み、後、元正天皇の霊亀元年(715)9月10日に今の地に遷し奉ったと伝えている。

古来から若狭国の「一の宮」として信仰されているが、殊に、水産業者には、海上安全、海幸大漁の守護神として崇敬されている。

また、奈良東大寺二月堂の「若狭井」の水源と伝えられる鵜の瀬の霊域は、当社の飛地境内地で由緒が深い。

下社は、元正天皇の養老5年(721)2月10日に豊玉姫命を遠敷の里に奉祀した。

古来から若狭国「二の宮」として信仰されている。
延喜式神名帳に「若狭比古神社 二座 名神大」と記載されているように上社と下社とを合せて「若狭彦神社」と尊称している。

天慶3年(940)正月6日に上社に「正一位」、永保元年(1081)に下社に「正一位」の高い神階を給い、明治4年5月に上社下社共に國幣中社に列せられた。

御神徳は広大無辺で、称徳天皇が神護景雲4年(770)に鹿毛馬を献ぜられたのを始め、歴朝の御崇敬。

国司、守護、領主、藩主、武士、庶民一般の「守護神」として深く信仰されてきた。

楼門に安置してある随身は、御祭神の降臨の時にお供をされた神々である。

境内は、千年杉をはじめ老樹亭亭と聳え、閑雅幽邃の地で、神威渺渺とした神域である。

 若狭彦大明神が、宇多天皇の御子敦実親王に告げられた「四神の御歌」。

  みな人の 直き心ぞ そのままに
   神の神にて  神の神なり 

(福井県神社庁抜粋)

【御祭神】
若狭彦大神
(天津彦火火出見尊)

【御神徳】
「海幸・山 幸」の神々の御神徳は悠久の時を重ねて広大 無辺なるも、就中、農林商業、漁業、縁結 び、安産育児、学問、厄除け、交通安全等の 信仰が深く、また、畳、敷物業の守護神とし て、特に近畿地方で名高く、今も遥々と参詣 される人々があとを絶たない。

更に、昨今の 生活様式の多様化に伴い、インテリア装飾の 関係者も事業の発展を祈られる。(社頭掲示板抜粋)


御朱印は、若狭姫神社の授与所で直接書いて頂きました。

🅿️駐車場有り
若狭彦神社(上社)の御朱印

すてき

みんなのコメント0件)

ログインしてください

ログイン無料登録すると、投稿へコメントできます。

ホトカミ見ました! で広がるご縁

ホトカミを見てお参りされた際は、
もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。
若狭彦神社(上社)の投稿をもっと見る93件
コメント
お問い合わせ
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!