わかさじんぐうじ|天台宗|霊応山
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楽しみ方若狭神宮寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

平成30年(2018)10月、小浜市神宮寺の天台宗若狭神宮寺卍
東大寺二月堂に御香水を送る「お水送り」が有名。
本堂、仁王門(北門)と男神女神坐像が重要文化財です。
直書きの御朱印をいただきました🖌️



本堂




仁王門


名前の通り神仏習合を示す「神宮寺」さんです。東大寺さんのお水取りの相手側のお水送りはこちらで行われます。
東大寺さんの「お水取り」は大仏様に金メッキをする際の「水銀を蒸発させる工程」が「お水取り」ではないかという説があります。であればお水送りは「硫化水銀(辰砂)」を奈良の都へ送ったことが由来ではないかという説もあるようです。もちろん仮説としか扱われてはいないようなのですが、非常に興味がそそられます。
古代、辰砂はとても高価で、大陸との重要な交易品でした。日本各地には「丹生(辰砂のこと)」に関する地名があり、それらをつないでいくと当時の政治や経済の構造が見えてきます。毛利、上杉、武田といった有力な戦国大名も金や銀の鉱山をおさえることで勢力を拡大していきました。
各地域の交易品や産出資源からも昔の日本の全体像がすこしでも頭の中に描けるようになるとよいな、と改めて思いました。





















国道27号線から若狭一宮の若狭姫神社、若狭彦神社に向かっていき
更に奥に進んだところにひっそりと入口があります。
進んでみるとまぁこれがまた凄いのなんの。
まるで時間が止まったかのような空間が広がっています。
とても雰囲気が良く、静のパワースポットという感じがしました。
調べてみると若狭一宮の神願寺として建立されたそうで、
奈良時代から続く神仏習合を今もなお物語っているんでしょうね。
最盛期には七堂伽藍二十五坊という大規模な寺領を持っていたそうです。
秀吉の時代の寺領没収、明治時代の廃仏毀釈で今に至るそうです。
栄枯盛衰あっての儚さを感じたのはこういう歴史が背景にあったのですね。
明通寺といい、若狭彦神社といい、このエリアは本当に魅力的だな。
また行きたい。











ら、乱入?!

護摩壇なんでしょうけどキャンプファイヤーに見えてしまって…





紅葉の頃はこんな感じなんだろうなと。なんですかね、5月なのに赤いのたまーにありますよね。

延喜式内名神大社・若狭國一宮であった若狭彦神社・若狭姫神社にお参りした際に参拝いたしました。
鎌倉時代に神仏習合の考え方によって若狭比古神社の神願寺として開創されたとのことです。
山門の背後に続く緑の参道は感動ものの景色です。
本堂に上がって参拝させていただきましたが、その内陣においては御本尊である薬師如来と並んで「和加佐比古大神」「和加佐比女大神」ほか四神の、計六座の神々の掛け軸が祀られており、まさに神仏習合を今に伝える場となっており、さらに感動ものです。
ただし、ここは写真撮影が禁止されています。
また境内には「閼伽井戸(あかいど)」という井戸があります。
奈良の東大寺二月堂で3月1日から二週間にわたって国家万人の幸福を願う「修二会」という行事が行われ、3月12日深夜に「お水取り」という、境内にある「若狭井」という井戸から観音様にお供えする「お香水」をくみ上げる儀式が行われます。
その水というのは実は、修二会に先立つこと10日前に若狭神宮寺において、「お水送り」の儀式が行われ、その若狭神宮寺「閼伽井」から汲み上げられ、神宮寺から運ばれて遠敷川に沿って上流にある鵜の瀬の淵に注がれ、東大寺境内にある若狭井に達したものであるとされているとのことです。
御朱印をいただきました。
感謝です!!拝。




















閼伽井戸(あかいど)





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